パラレルですよ〜
大丈夫な方はスクロール
「一目見た時から、ヤバいと思った。
相手がヤクザな職業だからとか、俺が警察官だからとかじゃなくて…。
人として。一己の人間として捕らわれる
…まるで補食の対象となったみたいな、そんな気がしたんだ」
「初めてあの人の目を見た時に思ったね。『捕まえなきゃ』って。
一刻も早く捕らえて、縛って、オレだけしか存在し無い世界に放り込んで、
オレの為だけの存在として造りかえなきゃ、って…
ま、実際はイイ所で逃げられちゃってけどね」
出会った事が悪い訳じゃない。
ただ、芽生えた感情が最悪だったんだ。
最後の生徒が塾舎を去るのを手を振りながら見送り、イルカは暗くなってしまった空を見上げて、大きく息をついた。
今日も無事に一日が終わり、変わらぬ明日が来る。
つい数年前まではそう思っていた。
だけど今は、とてもじゃないがそんな楽観的な考え方は出来なくなっていた。
油断をすると脳裏に浮かんでしまう男の姿に、イルカは舌打ちをした。
あまりに鮮明に浮かんだ映像に、自分の海馬を叱責したくなる。
「馬鹿か、俺…」
再び見上げた空には、うっすらと垣間見える小さな星達。
ビルのネオンや看板の明かりに邪魔されて、ほんの少ししか判別出来ないけれど、冬の凍えた空気のせいか、いつもよりはハッキリ見えているのが妙に嬉しかった。
雪こそ降ってはいないが、吐く息は白く、息を吸えば喉が絞られるような凍えた空気が入ってくる。
「…さみぃ…」
指先を摺り合わせ、麻痺しかけた感覚を取り戻しながら、イルカは戸締まりをすべく塾舎の中へと戻る。
正面玄関の鍵を閉め、受付を兼ねた一階のフロアの電気を落とす。
金銭等は経営者が帰宅する際に
全て引き上げているからその辺は問題無いのが有り難い。
全ての電気を落とし、社員用の玄関の施錠を確認し、ポケットに鍵を突っ込む。
毎日繰り返しているそれらを全て終え、イルカは溜息と共に夜空を見上げた。
自分の吐く息で白く濁る視界。
ピリピリとした、冬特有の空気が頬を挿すのが、不思議にも楽しいと思った。
冬は光熱費さえ掛からなければ、好きな季節だった。
「あの人、どうしてるかな…?」
首に巻いたマフラーに半ば顔を埋めて、呟く。
どれ位会ってないだろうか。
会いに行くなんて馬鹿な真似を、できない自分。
自分から会いに行く。
それはつまり、彼に負けた事を意味するのだから。
イルカが脳裏に思い浮かべる存在。
はたけカカシという名の男。
彼との出会いは最悪での部類だろうと、今思い返しても腹が立つ。
当時、イルカは所轄に配属され、少し慣れた位の刑事だった。
慣れという慢心が自覚せずに芽吹いた時期、所轄内で起きたクスリの大量検挙。
売り手も買い手も一般の学生を中心としたものだったが、その大元がどうしても出てこなかったのだ。
怪しいだろう人物は数人上がっては居るが、どれもこれもグレー表示でハッキリしない上、下手に手を出すと間違いなく報復が予想される。
そんな連中の中に、名を連ねていた、ただ一人の二十代の男。
それがカカシだった。
表向きは貿易商社の経営者という、経歴を掲げてはいたが、その資金源が不明瞭な事実と、縦横に繋がる彼の顧客の錚々たる顔ぶれに、胡散臭さがスパークしていた。 結局、その時の事件に関しては、彼は完全なシロであり、身綺麗とは言えないまでも、それなりに真っ当な商売をしている事が後々知れた。
が、当時熱血じみてたイルカは、その時の事を思い出す度に恥ずかしくなってしまう。
熱血のご多分に漏れず、ブチかましてしまったのだ。
正面から堂々と、アポも取らず、礼状も取らず、身一つで乗り込むという馬鹿な真似を。
署に帰ってから上司や同僚に、こっぴどく怒られたのは今では朧気なのに、なぜか初めて会った時のカカシの姿、声、言われた言葉の内容全てを鮮明に記憶しているのだ。
どういう訳か、単身乗り込んできたイルカを、カカシは酷く気に入り、何かにつけちょっかいをかけ、口を挟んできた。
その後冷戦期間のような時期を経て、カカシ再びイルカの前にが現れた時、世界が一変した。
知らなくても良い世界を、知ってしまった。
否、強引にその世界に閉じこめられたと言っても過言ではないだろう。
「拉致、監禁…挙げ句に調教に強姦…」
あの時、イルカの世界はカカシだけに染まったのだ。
そう考えて、イルカは知らず首を振る。
今も、カカシに染まってる。
今は警察を辞め、知人のツテで小学生向けの塾の講師をしてはいるが、あの事件以降どこか冷めた感が否めない。
全てが色褪せたように思えるのだ。
色付きの世界は、カカシが存在する空間とさえ言い切れる。
「…馬鹿だよな、俺も」
別に調教紛いな真似をされて、プライドすら粉砕されて、彼に捕まった訳じゃない。
捕まったのは、彼の眼差し。
そして、その存在。
多分、会った瞬間に囚われた。
頭のどこかで警鐘が鳴ったような気がしたのは、気のせいだったのだろうか。
今更考えても仕方ないと、イルカはまた溜息を零す。
そして、無意識に自分の腰骨よりも少し上、ウエストから背筋にかけてをなぞってしまう。
ここに、所有印がある。
正確には、左臀部脇から背中にかけて、であるが。
カカシがよく触れるのが、イルカが無意識に辿る箇所。
──ココに花が咲いたら、さぞかし綺麗な光景なんでしょうね。
汗ばむイルカの肌を辿り、カカシがそう言いながら背の中央にある古傷に口づけた時は、直前に行われた行為のせいで思考が纏まらず、指一本動かすのも億劫な状態だった。
そして後日同じ事を言われ、その言葉が意図とする事に血の気が引いたのを思い出す。
半ば無理矢理に肌に刻まれた、色鮮やかな緋色の牡丹。
背せなに刻まれたその所有印が、イルカに辞職を決意させた。
彫られてから二年賀経とうとしているが、イルカと墨の相性は良かったらしく、未だに褪せる気配を見せない。
カカシはその肌を指先で、舌で、丁寧に辿り、少し離れた視線からイルカの背に咲く牡丹園を眺める。
前職を辞した事、後悔が欠片もないかと問われれば返答に窮するが、しかし後ろを振り返るような材料も無いのだ。
今の職は正直、楽しい。 学校と違ってコミュニケーションがさほど成り立っていないとは言え、子供達の個性とバイタリティ、そして吸収力に毎日感心させられる。
思わず、教職を目指して大学に入り直そうかと、考えてしまった位に。
だが、イルカはハタと気づいてしまったのだ。
自分の前に鎮座してしまった、ナリだけは大きな子供の存在を。
所有したいのは子供じみた独占欲だし、離職前に色々とちょっかいを掛けられていたのは、今時小学生でもしないような、好きな子苛め。
そんなカカシの精神構造をある程度把握してしまったら、もうダメだった。
元来、子供好きなのだ。 そして、手の掛かる子供程、可愛いのだ。
しかし、カカシによって辿らされた道筋を省みて、イルカは自分の本音を吐露することを由としなかった。
それは最後のプライドとか、男の矜持というものかもしれないが。
出会ってから三年余り、背に牡丹が咲いてから二年。
イルカは自分の気持ちを、カカシに告げては居なかった。
──好き、なんだよな…。 おそらく一目惚れだったのだろう。
その事実を、カカシは知らない。
「普通、気付くよなぁ」
実際、カカシの悪友達にはモロバレで、紅辺りはそれを楯にイルカを宴席へと連れ出し、挙げ句酌までさせるのだ。
アスマはその尻馬に乗り、毎回可笑しそうにイルカの正面に陣取る。
イルカとて酒は嫌いでは無いし、紅は美人だし、アスマの話す内容は心惹かれるものが多く、楽しい。
ただ、カカシをネタに揶揄られるのが、恥ずかしいのだ。
彼女達は長年の付き合いらしく、会話の内容もあけすけで遠慮が無い。
カカシのイルカに対する執着は最早周知の事実で、イルカは更に居た溜まれ無くなってしまう。
まさか、前日のベッドでの痴態まで事細かに暴露されているとは、知った日には羞恥の余り引き籠もりになろうかとまで思ったものだ。
両極端な立場での出会い。
それは、印象としては最悪だったかもしれない。
だけど、出会った事が悪かった訳ではないのだ。
芽生えてしまった感情―恋とかいう恥ずかしいソレ―が最悪だっただけで。
恋は思考を鈍らせ、視界も曇らせるのだ。
振り返れば散々な事をされたというのに、イルカはカカシを好きなままでいるのだから。
まったく、恋なんてするもんじゃない。
そうイルカが凍える夜空に向かって、白い息を吐きかけた時だった。
「寒くないの?」
そんな声と共に、背後から体温に包まれた。
長い腕がイルカの胴に回され、コート越しにしっかりと抱き込まれる。
久々に感じた感触に、イルカは安堵にも似た息をついた。
「気配も足音も消してイキナリ何するんですか…カカシさん」
「それは習性なんで見逃して下さいよ…。わ、ほっぺた、冷たい」
背後から頬に口づけられる。
チュっと可愛らしい音がして、彼の唇が離れるのを待ち、イルカは体ごとカカシの正面へと反転した。
彼の腕に包まれたままで。
「お帰りなさい」
笑っていつものセリフを口にすると、回されたカカシの腕に力がこもり、引き寄せられる。
「うん、ただいま」
身長差のせいか、正面から抱き合えばカカシの唇はイルカの耳朶に触れる高さで、鼓膜を溶ろかすようなその声に、イルカの背筋に悪寒にも似た感覚が走った。
それが何かを理解しながらも、あえて無視を決め込む。
「今回は随分と長かったんですね」
「ええ、アチコチ飛びましたから。あ、イルカ先生にお土産ありますから、後で渡しますね」
塾の講師になって以来、カカシはイルカを『先生』と呼ぶ。
半ばからかう口調でありながらも、自分をそう呼ぶことで過去の何かを思いだしているのが何となく判り、指摘せずに放っておいたら、いつの間にか違和感が無くなる程に定着してしまった。
「お土産なんていいのに…」
そんなものを買うよりも、一刻も早く帰ってきて欲しかった。
素直に言える訳もなく、イルカは俯いて手元にあったカカシのコートの袷を握る。
「寒いけど…くっついてもイルカ先生が怒らないから、冬っていいね」
グリグリと擦りつけるように、カカシは自分の額をイルカの肩口に埋めた。
「寒いけど、俺、冬が好きです」
子供じみたカカシの仕草に、胸がほんのりと温かくなる。
と、風が少し出てきたらしく、高い位置で括ったイルカの髪が戦いだ。
「カカシさん、帰りましょうか」
「そうですね、風も出てきたみたいだし、気温もまた下がりましたね…雪、降るのかな?」
「どうでしょうね、俺、雪も好きだから降ってもOKですけど、車輌通勤の人達には迷惑だろうな」
二人で空を見上げ、雪の気配を探る姿に、次の瞬間お互いに顔を見合わせて吹き出してしまった。
「オレも雪は好きかな」
イルカを腕に抱き込んだままカカシは遠くを見る。
過去の何かを思い出すかのように。
カカシの過去に興味は無いと言えば、大嘘になる。
『先生』の響きに固執する様子もそうだが、カカシはたまに過去に思いを馳せ、懐かしむ表情をするのだ。
それはとても優しい顔で、イルカとしてはほんの少しの嫉妬を覚えるが、いかんせん亡くなった人達には勝てない。
同じ土俵に立つことが出来ないのだから、勝負にならないのだ。
たまにイルカは不安になる。
今は執着し、こうして腕の中に閉じこめてくれてはいるが、この腕はいつまで自分の体を包んでいてくれるのだろうかと。
男女でさえも別れがあるのだ。
ならば同性たる自分達は、比率で考えるならば男女を上回るだろう。
もしかすると、好きと言えない自分は自己防衛をしているのかもしれないと、イルカはぼんやりと思う。
自分から告げる事が負けだろ思いこもうとしているだけで、来るべき別れに防衛ラインを張っているだけなのかもしれない。
「ん、どうかしたの、イルカ先生?」
何か泣きそうな顔、とカカシは言葉を続けられなかった。
イルカが自分に寄り添うように密着し、背に掌の感触を感じたから。
珍しいと思うよりも先に、心が舞い上がった。
イルカから抱擁が返される事は滅多になく、カカシはどうしてもイルカの腕を自分の背に回したくて、いつも執拗な程に性技の限りをイルカに施すのだ。
そして快楽に溺れ、朦朧とした意識の中、やっとイルカはカカシに全てを差し出す。
そんな面倒な事をするのは、相手がイルカだからだ。
もう、イルカ意外に要らないとさえ思う。
カカシは最後に見たイルカの痴態を脳裏に起こし、うっそりと笑った。
二ヶ月間の出張と禁欲。
さぞかし今日の自分はしつこいだろうと、明日のイルカの心配を思わずしてしまう。
「所で先生、オレ、イルカ不足に陥ってまして、そろそろ十分に補給したいんですけど…」
「…補給って…」
腕の中、心持ち視線を上げるイルカが愛おしい。
カカシはイルカの腰に回した腕を下へと移動させ、彼の左臀部から腰骨までを、服の上からなぞる。
「…っ!」
「温まりましょうか、二人で。ここからだとイルカ先生家ちの方が近いけど…多分オレ、今日は自制が効きません」
性的な意味合いを込めて、カカシはイルカの尻の丸みを、ズボン越しにギュっと握った。
「ぁ…って、アナタ、今まで自制した試しあり、ましたかッ…!?」
不意打ちのような刺激に飛び上がりそうになったイルカが、憎まれ口を返すと、カカシは苦笑してイルカの頬にキスを落とした。
「スミマセン、無いですね」
「全くです…」
「だって、全力投球しないと、イルカ先生に失礼じゃないですか!」
「程々という言葉を覚えなさい!」
「…ま、その内ね。とりあえずオレんトコ行きましょ?」
紅潮した頬が可愛いなと、内心呟きながらカカシはイルカに誘いをかける。
「………はい」
その間は何だろうと、問い正したい空白の後、イルカは真っ赤になって頷いた。
カカシと関係を持って二年も経つというのに、イルカは性的ニュアンスの含まれる全てに、未だ羞恥を覚えるらしい。
赤くなったその顔と、困ったように笑う表情。
それが見たくて、カカシはついついあからさまな誘いを、度々仕掛けるのだ。
「じゃ、行きましょうか。車を向こうに停めてますんで」
背筋を撫で上げ、イルカにこの後の行為の覚悟をさせる。
多分、イルカも行為自体は嫌いでは無いのだろう。
恥ずかしいだけで。
ただ、好かれている自信は余り無いのが悲しいなと、カカシは一瞬だけ夜空を仰ぎ、小さな星に愚痴る。
否、好かれてはいるのかもしれない。
本来、イルカは同性同士の行為を否定はせずとも、躊躇いを感じるタイプだろう。
それを押し曲げて、今も自分に体を開いてくれているのだから。
それが愛かと訪ねたら、多分困った顔で笑うんだろうなと、カカシは確信している。
いつか、自分と同じスタンスにまで来て欲しいと、願ってはいるのだが。
初めのキスはいつもお互いの形を確認するかのように、何度も何度も啄み角度を変え、唇以外にも落とされる。
オレンジ色が淡く照らす空間に、キングサイズのベッドが幅を利かせる光景が、イルカの羞恥心を常に煽るのだ。
まるでそれしか目的がないような部屋で。
カカシの自己申請では、このベッドを使った人間は、カカシ本人以外はイルカだけだと言うが、イルカはそれを信じては居なかった。
キスを受け入れながら、舌を吸われて背筋にゾワゾワとした快感の口火が走る。
当初の頃、酷い事をしたのが嘘のように、今はカカシはイルカを丁寧に抱いた。
あの頃の狂気じみた行為や、執拗な手管はなりを潜め、使える器官全てを駆使して、イルカの快楽を最優先に引き出す。
「…ん…ふぅ…っ」
「気持ちよくなってきた?」
「そういう事は聞く、なっ…て」
「今日もキレイに咲いてますね、オレの牡丹」
「や、だ…触るなぁ…」
確実に粘着性を増している水音に、イルカの羞恥心は煽られ、既に裸に剥かれた体が、うっすらと赤く染まる。
与えられる快感に身を捩り、シーツに頬を擦り付ければ、腰から背に向かってに咲いた牡丹が、ハッキリと見えた。
その光景を今日もカカシは満足気に眺め、安堵する。
イルカのこの姿を見れるのは、世界広しと言えど自分だけだと。
捕まったのは、どちらが先か。
それは自分だと、お互いに胸の内で主張する。
恋は勝負事では無いと知りながら。
【完】
1月の無料配布8頁本でしたが、
残りを廃棄したのでアップ。
本編、プロットだけは立てたんですけど
マニアックで書けませんでした…。