パラレルですよ〜 大丈夫な方はスクロール














































誰の為という訳ではない。
結局これは自分の為。
所謂自己満足。
決めたのは自分だし、誰が何と言おうと覆す気は無い。
当然、迷った時期もあった。
真夜中に一人、真っ暗な世界で何度も何度も自問自答を繰り返して。
その度迫り上がる感情に圧し潰され、息も出来ない位に苦しくなった。
叫び出したい程に溢れる感情。
許容範囲を大きく越えて、持て余す程の恋情が存在するなんて初めて知った。
好きという気持ちに嘘は付けない。
だけど、好きとは言わない。
言葉にしない代わりに、全身全霊で彼を受け止めようと決めた。
時折、「好き」と喉が震えそうになるが、
それは気力と根性と、なけなしの矜持とで押しとどめる。
もしかしたら、近い将来にポロリと告げてしまうかもしれないが。
だけど何年が過ぎようとも、
この気持ち──好きという厄介な感情だけは変わらないと思う。

目まぐるしく変化し続ける世界の中で、
自分だけは彼にとって変わらない存在でありたかった。
例え彼自身が変わってしまったとしても。




I k a r o s




目の前の忙しさにかまけていたら、知らず季節は夏に変わっていた。
吐く吐息が白く濁らなくなった折り、視界の端を色とりどりの花々が掠めて行ったのは覚えているが、いかんせん春という季節は、どこの職場も忙しい。
新しい人間が入ってきたり、業務の内容が変更されたり。
それはイルカの職場でも変わらず、新人が何人か、アルバイトも複数入れ替え、そして何よりも新しい生徒がクラス単位で入ってくるのだ。
名簿を作り、初めが肝心とばかりに保護者との連絡も密にしてと、この時期、私生活まで犠牲にしたのは何もイルカのみでは無い。
個人経営の塾で何故そこまで、と抗議する保護者は少なくは無かったが、しかしそれが職場の経営方針であるのだと、噛んで含めるように納得して貰ったのは遠い記憶では無い。
実際、保護者と軽い衝突が数回有ったのは事実である。
だが、現在の学校教育に戸惑いを感じる保護者が多かった為か、結果が目に見えた頃、保護者からのクレームは皆無になった。
そして迎えた夏。
肌を焼く日差しと、花壇に咲く向日葵、そしてコンビニの異様な冷気に、夏が来たのだと悟った。

──夏期講座…もあるんだよなぁ。

担当するのが小学生の通常クラスとは言え、実際はうんざりする。
進学に殆ど関わり無いせいか、私立系受験クラスに比べて集中力が無いのだ。夏休みにわざわざ塾に通う彼らに同情を感じないではない。だが、嫌なら夏期講座を受けない選択肢もあったのだから、如何とも言い難いとイルカは思う。
「親も無理強いしちゃダメだよな」
嫌々やっても伸びないのに…。
そんな正直な感想を零しつつ、熱気を放つアスファルトを踏みつけて、職場へと早い歩調で足を進めた。 こめかみから顎に伝う汗を、鬱陶しいと思いながら。







「イルカ先生は癒し系ですよね〜」

ある男に、何度かそんな阿呆な表現をされた事がある。
男相手に何を馬鹿な、とその度に反論はするのだが、右から左に聞き流され終止符が打たれるのが悔しい。

「癒し系…んな訳あるか、バ〜カ」

マルバツマルバツマルマルと呟きの合間にごちてみるが、赤ペンが走る速度は落ちはしない。

「むっさい三十路間際の男捕まえて、何言ってんだかね…っと、85点。惜しいな〜凡ミスでの失点は」

キュキュと力強い筆跡で点数を右端に書き込み、注意点を書き込む。
余所事を考えながらのせいか、心なしか赤インクの滲みがいつもより激しいような気がした。
脳裏に浮かぶのは、鮮やかな色彩を纏う男の姿。
灰色にも近い、鈍い銀髪が生来のものだと知った時、自然界の驚異に素直に感嘆したのは忘れられない。
あの左右色違いの目の色さえも、自前だというのだから驚きだ。

「神様も罪な事をする」

本気でそう思った。
もっとも、片目の視力は殆ど無いらしく、勿体ないとも思ったが。
深い所までは聞き及んではいないが、関係を持ってからここ数年、嫌でもあの男──はたけカカシと名乗る彼をかなり知ったと思う。
当然、向こうも同じだけイルカの事を知ったのだが。

── …癒し系か。

ガリ、と赤ペンの尻を囓る。
納得行かない。だが、カカシが自分をそう定義づけるのであれば、それはそれで良いかなとも思う。
反論するのは照れが六割、本気の否定が三割、残り一割は惰性に近い。
自分なんかの存在で、カカシが癒されるのなら、正直嬉しい。
目まぐるしく変化し続ける世界の中で、自分だけは彼にとって変わらない存在でありたかった。
例えカカシ自身が変わってしまったとしても。
そんな自分の思考に、知らず唇にうっすらと笑みを浮かべ、イルカは噛んでいた赤ペンを解放する。
見ればプラスティック製のキャップにくっきりとした歯形が刻まれ、苦笑するしかなかった。
物事を散漫に考え込むときの癖はなかなか抜けないものなのだなと、ぼんやりと思った時──。


「ちょっと〜、こんなものに歯形付ける位なら、オレに付けてよ」


唐突に背後から響いた声。
同時に肩口から手が伸びて、握っていた赤ペンをやんわりと奪われる。

「え? うぇあ?」

突然の出来事にイルカは言葉にならない驚きを発し、反射的に振り返れば、クスクスと可笑しそうに笑うカカシが、イルカの手からから奪った赤ペンを眺めて指先で歯形の付いた部分を弄ぶ姿。

「突然現れて、何、脳味噌腐った事言ってんですか…」

脱力してイルカが言えば、カカシは赤ペンを自分の唇に宛て、面白くなさそうに返した。

「だって、イルカ先生ってばオレに痕とか残してくれないですし〜」
「な…ッ」

拗ねた口調のままにカカシが告げる内容に、イルカは一瞬固まる。
未だに慣れない色を含む話題に、自然と顔が赤くなるのを感じた。
肉体関係込みの関係になってから数年、何度抱き合ったか数え切れない程なのに、イルカが毎回見せる初心な反応。
そのあまりの微笑ましさに、カカシの頬が自然と緩む。

「それにしてもイルカ先生、鈍すぎですよ、こんなに近づいても気付いてくれないなんて…無防備すぎて心配です」

態とらしく溜息を零し、カカシがしみじみとイルカに告げた。
一瞬カチンと感じたものの、カカシの気配に気づけなかったイルカは、反論し書けた言葉を飲み込んだ。

「心配って…ツッコミたいトコではありますが、取りあえず、足音を消して近づくのは止めて下さいよ、もう。足音があったなら流石の俺でも気が付きます」
「だって先生ってば採点に夢中なんですもん。悔しいでしょ、生徒に先生を盗られたみたいで」
「何ですか、盗られたって!」

本気でそう思う自分は大人げないとカカシは内心自嘲する。しかし、イルカの事となると歯止めが利かず、自制も虚しく止める事が出来ない。
子供相手に嫉妬する事が、みっともないと判ってはいるのに。
先程カカシが教務室に足を踏み入れた時、蛍光灯の下で考え事をしているらしく、物憂げな表情で赤ペンの端を囓るイルカの姿に目を奪われた。
恐らく、考え事をしている時の癖なのだと知り、同時にそんな癖の存在を初めて知った。
暫く眺めようと観察していれば、不意にイルカが、齧り付いた赤ペンの所在はそのままに──微笑んだ。
イルカの手元には、採点途中の答案用紙らきし紙。
ならばその微笑みの対象は、彼の受け持つ生徒へのものかと酷く気分が苛立ち、ザラリとした感情がこみ上げた。

「じゃあ、浮気?」
「浮ッ…!?」

あ、拙ったなと思った瞬間──二人しか居ない教務室に、ゴインと鈍い音が響いた。

「イルカ先生ってば、乱暴者〜ッ!」
「乱暴者で結構!」

追い打ちとばかりに、再度軽くカカシの頭を叩く。
酷い酷いと繰り返す巨大なお子様発言を、あっさりとスルーし、イルカはカカシに尋ねる。

「──で、どうしたんですか、職場までアナタが来るなんて」

今まで無断で尋ねて来たりはしなかったのに何故とイルカは言外にカカシの答えを促す。
何か緊急の用件でもあったのだろうか。
それともまた急な出張でも入ったのかもしれない。
過去にあった近しい状況を脳裏に浮かべ、その時の感情を思い出すと、少し悲しくなった。
椅子に座った姿勢の為、見上げる角度の高さにあるカカシの顔。
その表情を読みとろうと、視線を上げた瞬間、視線がかち合い、途端にカカシの顔が曇った。

「カカシさん…?」
「…来ちゃ…ダメでしたか?」

小さな声が、イルカの耳に届く。
恐る恐る、伺う様子の問いかけにイルカは内心首を傾げる。
突然のカカシの変貌。
その様子に困惑を覚えつつ、律儀なイルカはカカシの質問に答えを返した。

「いえ、この時間なら大概俺しか居ないんで問題無いですが、他の職員が居る時の事を考えると、ちょっと…」
「困る? イルカ先生、迷惑?」

そんなイルカを伺うような様子が可愛いかもしれない…など、かなり末期的な感想を抱きながら、イルカは返すべき答えを脳内で模索した。
困るには困る。だが、迷惑では決して無い。
否、むしろ嬉しい。

「迷惑では無いです。でも困ると言うか…他の職員に示しがつかないってのもあるんですけどね…何て言いますか、その…」

他者が居る時に、カカシに来て欲しくない『理由』。
それはイルカの中には、きちんとした言葉で確定しているのであるが、如何せん、本人を目の前にして告げるのは恥ずかし過ぎる。

「迷惑ならきちんと言って。オレ言われないと判らない人間だから」
「…来て貰えるのは…逢えるのは嬉しいんです。でも、その…」
「ん?」
「…他の人に見られるのが…」

言えと促されて誤魔化す訳にも行かず、イルカは口ごもりながらも理由を告げる。
宙に浮いてしまった語尾。
それは言葉として紡ぐのを躊躇ってしまう程に恥ずかく、ついハッキリとは告げられずに、結果言葉尻が曖昧に変化してしまう。
そして、そんなモゴモゴと濁されたイルカの言葉を、カカシは見事に曲解した。
カカシ自身、己れの風体が怪しいのは自覚している。
こんな明らかに気質じゃない人間が周りを彷徨くのは、マイナス要素しか無いのだろう。
例え、そこに恋愛感情があったとしても。

「そ、うだよね…先生と違ってオレ、見た目気質じゃないし…先生もオレみたいなのと付き合いあるって知られるの恥ずかし…」
「違います!」

自分の吐いたセリフに半ば落ち込みながら、カカシは現実を反芻する。
が、その自虐的なセリフは全てを言い切る前に、イルカの怒声によってかき消されてしまった。

「へ?」

あまりのイルカの剣幕に、カカシは唖然と俯いた顔を上げる。

「何でアナタと関わりがあると、オレが恥ずかしいんですか!?」
「え、だってどう見てもオレ、怪しい人よ?」
「そんな事、出会った当初から知ってます! 風体が怪しいのも、雰囲気が胡散臭いのも!」
「胡散臭…って、先生酷…ッ」

カカシのささやかな非難も耳に入らないのか、勢いは止まらずに、イルカは更に言い募る。

「喋り方がオネエ調なのも、生業が怪しげなのも…でもそんなの、今更です。今更何も知らない他人に言われたくありません」
「先生…」

断言された言葉の内容に、カカシは泣きそうに表情を歪めた。
滅多に聞けないイルカの本音が嬉しくて。

「だいたいですね、カカシさんは胡散臭くて、近寄り難い位が丁度良いんです! 迂闊に他人に近づかれたら、アナタが凄く綺麗な人だって知られちゃうじゃ……あれ?」

勢いのまま浮かぶ言葉を放っていたイルカが、自分の発した言葉を耳で捕らえ、反芻し、内容に発言を止めてしまう。
言うつもりの無かった、恥ずかしい本心の本心をポロリと晒した事実に気付いて。

「イルカ先生〜ッ!!」

のし掛かる勢いで、カカシは自分より低い位置にあるイルカの体に、抱きつく。

「うわ!? ちょっと、苦しいです!」
「それって嫉妬ですよね!…ふふ、先生、顔、真っ赤〜♪」

抱きついた状態の為、至近距離にあるイルカの顔。
その頬がうっすらと紅潮している様が可愛くて、カカシは思わず指先で小さくつついてしまう。

「つつくな! まったくアナタ、何だかどんどん幼児退行してませんか?」

呆れた口調ながらも、抱き込まれたままでイルカは抵抗する様子も見せず、ただ嘆息する。

「うん、そうかも。今まで我慢してきた反動ですかね? アナタの前でだけ、オレは正直過ぎる程素直になってしまうみたいです」
「素直ね…人の肌に無理矢理、刺青入れさせた人間のセリフじゃないですよ」

クスクスと笑えば、抱きしめる力が強くなった。

「…先生」

イルカの肩口に鼻先を埋め、くぐもった情けない呼びかけに、イルカはまた溜息を吐く。
自由な腕をカカシの背に回し、更に子供にするように頭をガシガシと掻き混ぜる。

「あ〜、もうっ! そんな顔しないで…彫られた経緯は許せないものがありますが、今の俺はこの牡丹、嫌ってませんから」
「うん…ありがと」

過去に起こしてしまった事は覆らない。だけど、『今』のイルカは笑って受け止めてくれる。
その事実が、奇跡のような幸福なのだと、カカシは知っている。

「さて、そろそろ俺の質問に答えて下さいよ。どうしたんですか、ここに来るなんて…急な出張ですか?」

密着した体を引き、僅かな空間が二人間に生まれる。
こんなに少しの距離なのに離れがたいと思ってしまう自分に苦笑し、カカシは今ここに居る経緯を話す。

「あはは、ゴメ〜ンね、驚かせて。出張は暫く無い予定なので安心して下さい──今日は、その…最初はイルカ先生ん家に行こうとしたんですが、途中で縁日に行き会いまして…」
「縁日! うわ、久し振りに聞きました、その単語」

縁日の言葉にイルカの表情が明るくなるのを目にし、カカシは自分の行動がアタリだった事にほくそ笑む。

「それで、一緒に行ったら楽しいかな、なんて思いまして…」
「もしかして、誘いに来てくれたんですか?」
「はい。先生の仕事の都合優先ですが、ここから向かった方が方向的にロスも無いですし」
「わー、有り難うございます…ええと…嬉しいです」

ギュっと抱きつくイルカの腕。
こんな些細な事で歓喜するイルカを、素直に可愛いと思う。

「良かった…。先生、あとどれ位で終われそうですか?」

尋ねれば、イルカは先程まで添削していた用紙の束をチラリと見つめ、申し訳なさそうにカカシに告げた。

「ええと…十、いえ、十五分程、待っていて貰えますか?」

そんなに畏まらなくても良いのにと内心苦笑し、カカシは機嫌良く頷いた。







二人で歩いた縁日は、素晴らしく楽しいものだった。
人混みに紛れて、迷子になるからと言い訳をして手を繋ぐ。
くすぐったくて、子供に返ったみたいに二人ではしゃいだ。
軒を並べる出店を片っ端から覗き、晩飯代わりに買った様々な屋台特有の食べ物達を、二人で分け合うようにつつく。
たまに、自分の箸から相手の口に放り込んだり、唇の端に付いた汚れを指先で拭ったり。
お互いに交わす、そんな些細な仕草が嬉しかった。
物陰や人混みに紛れ、不意をついた悪戯のように仕掛けるキスの応酬も。
楽しくて、幸せで。

「…ありがとうございます」

少し離れた場所に設けられた、臨時の駐車スペースまでの道、イルカがポツリと呟くように礼を述べる。
暗がりだからと、繋いだ手はそのままで。

「ん?」
「久し振りに外ではしゃいぎましたよ。俺もカカシさんの事言えないですね、子供返りした気分です」

真横を歩く、ほんの少しだけ高い位置にあるカカシの肩。
高揚した気分が治まらないのか、不意にそこに懐きたい気持ちになり、イルカはその肩先に頭を凭せ掛ける。

「先生…?」
「何か、凄く幸せな気分なんです」
「…嬉しい。オレも今、すっごく幸せな気分。イルカ先生と一緒の時はいつでも幸せ気分だけど、今日のは…」
「凄く開放的で、楽しいから、嬉しいから、何となく外に発散してるような幸せ、でしょうか」
「うん。同じ。同感です」
「カカシさんと外に出るのも久し振りですしね」
「はい…。イルカ先生が、こんな風に外で懐いてくれるのも嬉しい誤算って感じで、オレ的には予期せぬオマケも付いてきた嬉しさってのもありますし」
「暑いんですけどね…何でか、懐きたい気分なんですよ」
「オレは今だけじゃなく、いつでも懐いて欲しい所ではあるんですが」
「たまに、だから有り難みがあるでしょう?」

クスクスと喉を震わせ笑うイルカに、カカシは苦笑する。

「確かに。希少ですよね」

商店街から外れている為か、街灯は疎らに点在し、彼ら以外に歩く姿も見えない。
カカシは街灯から外れた場所で足を止め、肩に乗ったイルカの頬を掌で撫でた。
条件反射のように瞼を降ろすイルカの姿に、愛しさがこみ上げ、首を巡らせて口づけ。
人混みで交わしたキスよりも、数段濃厚なキス。

「…ん…」

いつの間にかお互いに抱き合い、背に、頭に手を回し、路上に淫猥な水音が落ちる。

「…っ、は…、ダメ、これ以上は」
「うん…我慢出来なくなっしゃいますよね」

僅かに上がった息。
湿り気を帯びて密着した体を無理矢理理性で引き離し、二人は無言で手を繋ぎ、歩き出す。
その歩調は早く、どこか切羽詰まった様子があるのが可笑しかった。







「…あ…っ」

暗い駐車場、止めた車に乗り込んだ途端に始まった濡れた抱擁。
後部座席に横たわり、身を縮めて愛撫を交わす。
余裕の無い忙しない仕草で互いのシャツをはだけさせ、すり寄る。

「狭いから気をつけて」

身じろぐ度にガツンと音がする。
自分の下に引かれ、捩れたイルカの姿勢に、カカシは舌打ちをする。
もっと広い車にすれば良かったと。

「…そ、んな、こと、言われても…」

上がる吐息の合間にイルカは言うが、どうにも身動きが取れないのだからどうしようもない。
そんなイルカの様子に、カカシは一端身を引き、シート下に揃えられたイルカの片足を掴んだ。
無造作に剥がされる靴と靴下。次いでズボンと下着。

「こっちに足、持って来れる…?」
「…ぅ、ん…」

窮屈に屈伸し、掴まれた足をシートの背もたれに引っかける。
カカシに向かって大きく股を開く、至極扇情的な体勢に、イルカは羞恥に赤くなった。
でも制止の声は上げない。
これは自分も望んだ事なのだから。

「大丈夫ですか?」

開いた足の間に体を割り込ませ、暗がりに浮かぶイルカの肢体に喉を鳴らさずにはいられない。

「は…い…。良いから、大丈夫だから…続けて、下さい」

ニコリとこんな状況でイルカが笑う気配にほっと息を付きそうになった時、カカシのズボンの合わせがくつろげられ、指がスルリと進入した。
明らかにイルカの指であるのに、まるで別人のように淫猥な動き。

「う、ちょっと、そんな仕草、ドコで覚えて来たの…」

不意を突かれた刺激に、思わず声が乱れてしまう。
そんなカカシの様子をどう受け取ったのか、指を動かしたままイルカが自身なさげに呟いた。

「少しは気持ち良いですか…?」
「少しどころじゃないです…そんな事されると、こんな場所なのにがっついちゃいますよ?」

グチュリと布越しに響く、粘着質の水音。
その音を聞くなり、イルカの指が更に器用に蠢き始める。

「ふふ…俺なんかにがっつける奇特な人、カカシさんだけですよ」
「そんな事無いと思いますが…ゴメン、も、煽らないで…明日、イルカ先生が辛コトになっちゃう」

蠢く手をやんわりと押し止め、引き寄せて濡れた指先にキスを落とす。
それだけの仕草で、ヒクリと反応するイルカの体が愛おしい。

「明日は…担当のクラスが無いので休日扱いです…明日も一緒に居て、1日甘やかしてくれるなら…辛くても良いです」

甘える仕草で、カカシの胸にイルカは頬摺りをする。少し汗ばんだ肌の感触に恍惚としながら。

「…先生」
「ダメ…ですか?」

胸元から見上げる濡れた黒い目。
欲情している筈なのにどこか真っ直ぐな、心の奥まで晒け出しそうな黒曜の色。
トロリとした感のある黒い瞳に、その場凌ぎの嘘は吐けない。
だから正直に告白した。
イルカの手を取って自分の頬に導き、彼の目を覗き込んで。

「嘘つきたくないんで先に言います。明日午前中だけ一緒に居れないけど…その後は丸々オフです。午後からになっちゃいますが、散々甘やかしますので…譲歩して貰えませんか?」

伺うように、だがその目には確かな欲を浮かべて、カカシはイルカを見降ろす。イルカの答えを待つ姿勢で。
だが、返ってきたのは言葉よりも確かな、熱烈な口づけだった。
強い力で引き寄せられ、噛みつくように重なる唇で、イルカの返答を受け取り、カカシは歓喜した。
背中に這い上る、寒気にも似た確かな快感。
散々唾液を交わし合い、離れたイルカの唇が微かに囁く。
耳元で小さく、鼓膜を震わせる艶めいた声音で。

「…譲歩します。だから…貪って」

腰に来る掠れた吐息混じりのセリフに、カカシは再度イルカの唇を乱暴に塞いだ。
一発で火を付けられた。
普段の姿からは伺えない、カカシだけに見せるイルカの艶めいた姿。
貪れとお許しが出た。
ならば貪り尽くしても構わないのだと、カカシは遠慮をかなぐり捨てる。
捲り上げたシャツの下、小さく尖った乳首に舌を這わせ、手は縦横無尽に肌を辿る。
余裕のない愛撫、上がる互いの吐息に、イルカは明日の十分の体調を諦めを持って覚悟する。
狭い車内で窮屈に重ねる体の熱さに、お互いに翻弄され、シートが揺れた。
ギシギシと鳴り、揺れる車。
夏の雰囲気に飲まれ、煽られ、高揚し、歯止めが利かなくなる。
カカシの背に回した指が汗で滑り、イルカは思わず爪を立てる。
そんな仕草でさえ、普段の情交では見られないもので、カカシを酷く煽った。
闇に慣れた目に映る、イルカの肌に自分が落とした紅色の鬱血の花弁。
刹那の所有印と、仰向けの姿勢では見えない背の永遠。
快楽に怯え、期待しつつも逃げるイルカの腰を引き寄せて膝を掴んで限界まで体を畳ませる。
深く繋がる為の準備。濡れた舌先が窄まりを突き、皺に這う。

「…ぁん…、あ、ダメ、止め…」
「濡らさないと辛いでしょ?」

時折吸うように慣らせば、イルカの体が跳ねるのが楽しい。舐め、舌先で抉り、綻びた所に指を突き居れる。

「ぅ、うあ…あ…ん」

零れた喘ぎとも痛みの呻きとつかないイルカの声を耳にし、心は逸り下半身が勝手に滾る。

「煽んないで…突っ込みたくなる」

グチャグチャと車内に響く音に煽られ、イルカが羞恥に頭を振る。
結わえた髪がシートに崩れる様すら、色が滲むようだった。

「…ぅ、あ…は…突っ込んで…痛くても、辛くても良いから、はや、く」

それがトドメだった。
張り詰めた性器を取り出し、逸る心を抑えながら、だが性急に突き入れる。

「…っく」
「あ、ぁ…ッ!」

衝動に撓るイルカの体を抱き留め、一気に奥まで進むカカシに、イルカは必死で縋り付いた。

「…んぁ、深い…」

思わず零れたイルカの正直すぎる感想に、胎のカカシが更に大きく育つ。

「あ」
「…イルカ先生が煽るから…」

言って抱きしめるカカシの肌の熱さに、イルカは恥ずかしいと思いながら嬉しいとも思う。
求められる。
ならば自分は受け止めるだけだ。
どこまでも、深く── 。 

【完】

文章目次

7月の無料配布〜。
や、まだ配布してないですが捌ける可能性低いのでアップ。
前回と同じシリーズのパラレルです。
タイトルが思いつかず、手元にあったCDから借用。
このフリーペーパー、3段組8頁(実質7頁)構成なので、結構文章量ありますね。
テーマは【手を繋ぐ】と【車H】<ぇ?
作中書き忘れたのですが、カカシの車はフルスモークのシーマだと思ってクダサイ(汗)
社用車を自分で転がして来たんです。書いててセルフツッコミ入れたのはカカシの舌打ちの下り。
シーマよりデカイ車って…カカシさん…(笑)
私用の車は、スープラあたりですかね?
意外なトコでロータスとかでも笑える。
アメ車とかイタ車とかはイルカ先生が嫌がりそう…つか、
「近所の子供に10円キズつけられますよ?」とか爽やかに笑顔で言いそう。
シーマも嫌がられそうだけど、社用車としては及第点なんでしょうか?
因みに、前オーナーがどこぞの社長な中古のクラウン・マジェスタ
すんげく乗り心地良いです。
シートふかふかで後部座席には何故かマッサージ機ついてました☆
え? マジェスタ? 弟の車です…。車高は当然低し。