パラレルですよ〜 大丈夫な方はスクロール
人生、そんなに長くは無いのだと、不意に思った。
だから両親の墓前に立ち、言葉にはしなかったが、心の中で報告した。
自分はあの人と生きて行くと。
こんな覚悟をするまでに、心の底から捕まってしまった強い存在。
彼の姿を胸中に浮かべ、イルカは嗤う。
こんなにも好きなのに、一度として言葉をあげていない自分を。
捕まって数年、最初は貶められた立場や自尊心が、頑なに好意を自覚する事を拒否した。
だから自覚した後も、それを引きずり告げられずに過ごした。
だが、今はつまらないプライドが邪魔をして、口に出す事が出来ない。
「プライド…微妙に違うな…、どちらかと言えば矜持とか」
呟いてみて何となくしっくり来る言葉を探してみるが、どうにも上手く表現する事ができなかった。
それでも、と、イルカは何も無くなった自分の部屋を見回して思うのだ。 そう遠くない将来、自分はカカシに告げるだろう。
言わないと決めた『好き』の言葉を。
だって、好きだという気持ちは、イルカの中一杯に満ちて、そろそろ表面張力を見せている。
あと一滴の愛情がそこに注がれたら、瞬く間にイルカの外へと溢れてしまうだろう。
それはカカシだけに向かって流れ、どれだけイルカが彼を愛しているか知られてしまう。
口に出さない分、イルカの内側で積もりに積もった愛情達。
それはきっとドロドロに甘くて、ひと舐めしただけでも致死量分の愛情が濃縮されているのだろう。
自分でも可笑しいと思う位に、カカシが好きだと、イルカはひとり部屋の中で、泣きそうな表情を作ってしまう。
ガランとした部屋を改めて見回せば、備え付けの家具以外全て撤去したせいか、驚く程に広かった。
そして裸足の足裏に感じる板張りの冷たい感触に、酷く寂しい気分を味わってしまった。
ここで自分は生きてきた。
数年分のイルカの生活が染み込んだ、古いアパートの一室。
つい先程、最後の荷物が運び出されて、最後にイルカもここから去る。
「今までありがとう…」
呟いて、最後の見納めに玄関口で無人の部屋を振り返れば、この部屋で過ごした数年分の思い出が、走馬燈のように脳裏に流れ、思わず泣きそうなってしまう。
今日、イルカはこの部屋から引っ越すのだ。
カカシの部屋へと。
幾度と無く誘われては断り続けて来たが、先頃、丁度お盆の帰省から返ってきた日、イルカはついにカカシの申し出を受け入れた。
拘っていた部分を懐柔され、同居を受諾したのだ。
元々物を持たないイルカの性質から、引っ越し作業も順調に進み、運送だけは業者に頼んで、全ての作業が終わった。
イルカは引っ越し先である、カカシのマンションを思い出し、眉間に皺を寄せて顔を顰める。
正直、しまったと思った。
そして当然、カカシと衝突した。
苦い遣り取りまでをも思い出し、イルカは開いたままの玄関先で溜息をつく。
と、運送業者が外から呼ぶ声が聞こえた。
イルカは慌てて返事を返し、玄関の扉を閉めて鍵を締める。
これから先、きっとこの瞬間は忘れないだろうと、ぼんやりと思った。
人生の転機めいた引っ越し。
それまで馴染んだ世界から、未知の世界へと一歩踏み出す瞬間。
期待と恐れが入り交じり、不安はあるが、それでも幸せな自分に顔が綻ぶのが否めない。
だって好きな人と暮らすのだ。
生活サイクルやスタイル、そして職業による擦れ違いはあるだろう。
それでも部屋には彼の気配がある。
それを感じながら、日々を過ごせるだけでも幸せだろうと、逢瀬すらままならないカカシの忙しさを思う。
これから先は、彼が帰ってくる場所で、彼を待って居られるのだ。
それが凄く嬉しかった。
「え? これだけ?」
部屋まで業者が運び込んでくれた、梱包されたままの荷物を見て、カカシが驚く。
予想よりも遙かに少ないそれに、よくこれだけの生活用品で暮らしていたと、内心感心しながら。
イルカの部屋に訪れてた際に垣間見た、イルカの生活振りを思い出し、何となく納得する。
確かに物の少ない部屋だった。
だが不思議と寂しさを感じさせず、至極居心地の良い空間だったのを思い出し、少し寂しさを感じてしまう。
自分があの部屋に転がり込んでも良かったが、常識を重んじるイルカの生活を自分のサイクルで崩す訳にも行かないと、泣く泣く諦め、カカシは頑張って口説いて、この部屋に越してきて貰ったのだ。
「ええ、大きな家具類は元々持ってませんし、衣類と台所用品と…あ、ベッドはどうしましょう?」
「イルカ先生に使って貰おうと思ってた部屋、元々ゲストルームだから…あるんだよね…ベッド」
それ所か大概の家具は揃ってしまっているのだが、そこはイルカの使い勝手が良いようにして貰おうと、カカシは考えていたのだ。
しかし、イルカの持ち込んだ荷物の少なさに、件の部屋の家具は、据え置き状態で構わないだろうと思う。
「じゃあ、そのベッドを使わせて貰っても構いませんか?」
「え、でも…折角持ってきたんだし」
「物置があれば…俺のベッド、解体出来るタイプなんです。だからそのまま放置してもそんなに場所は取らないと思いますよ」
にっこりと笑って言うイルカの言葉に、遠慮があるのではと、カカシは少し不安になる。
あまり不満を口にしない人だから。
「そう? そのベッドじゃないと眠れないとか無い?」
伺うようにカカシが尋ねれば、イルカが吹き出して笑い出す。
「そんなに繊細じゃ無いですよ、俺」
言ってイルカはカカシの肩を軽く叩いて、作業を促す。
何とか勝ち取った半休。
午前中に着ていたスーツを脱ぎ散らかし、Tシャツにジーンズというラフな格好で、午後に臨む。
半休の事は先にイルカにも伝えてあったので、輸送の時間を午後一番に指定し、今に至った。
これからイルカの部屋になる予定の元ゲストルームに運び込む前、リビングに全てを運び込んで貰い、先の会話となった。
この場で使うものと使わないものを分け、使わない物は纏めて物置部屋に放り込む。
男二人がかりだと、さしたる時間
も掛からずに作業は終了し、新しくイルカの部屋となったこの場で、二人で同時に息を吐いた。
「お疲れさまです、お陰様で早く終わりましたよ」
作りつけのクローゼットに衣類を押し込んだイルカが、労いの言葉を掛けて来る。
「ど? この部屋で大丈夫?」
問いかけるカカシの言葉に、イルカが眉を下げ、困ったような表情でカカシを見つめる。
戸惑いと、困惑がない交ぜになったそれに、カカシは不安を抱いてしまうが、それはアッサリと杞憂に終わった。
「……………やっぱり広すぎますよ」
ぽつりと呟かれたイルカの感想。
確かにこの部屋は、イルカが住んでいたアパートの一室(六畳二間)よりも随分と広かった。
立地に関しても好条件の場に建っているこのマンションは、どう考えても、イルカが住むにはどうにも分不相応に思えて、数日前に下見に訪れた際に、カカシと揉めたのだ。
だが、家賃以前の問題で、更に驚くべき事に、このマンション自体がカカシの所有だということが、イルカに重くのしかかる。
しかしその事は今日まで散々言い争い尽くし、イルカもカカシとの金銭感覚の違いは諦めようと決めた。
その代わり、自分の金銭感覚には口出しさせないし、ここで暮らす間も、倹約は貫くつもり満々だったりもするのだ。
「ちょっと落ち着かないですけど…大丈夫ですよ、すぐ慣れますから!」
「そう?」
笑って宣言するイルカに、何か腑に落ちないものを感じながら、カカシはイルカを手招く。
その仕草に首を傾げつつ、イルカは素直にカカシの元へと歩み寄った。
途端、抱き竦められ、唇が重なる。
触れる薄く、自分よりも冷たい唇の感触。
身長が数センチの違いしか違わない為、ほんの少し首を傾け、顎を上げれば簡単に重なるそれに、イルカは浸りそうになりながらも、忘れてはいけない現実を思い出す。
「ちょ…カ、カシさん…待…て」
息継ぎの合間に絶え絶えになりながら、イルカは制止の言葉をかけようと必死になる。
だが、カカシもそれをあっさりといなしながら、カカシは離れる唇を執拗に追いかけ、逸れたキスが顔中に落とされた。
それを擽ったく感じながら、イルカは抱き込まれた胸を押して、やっと体を離す。
それでも腰には、カカシの腕が巻き付いたままだったが。
「俺、埃っぽいです!」
「ん〜まぁ…オレも埃っぽいし」
「ついでに汗臭いです」
「そ? イルカ先生のイイ匂い〜」
「変態発言は横に置いて置いて…できれば風呂、使わせて欲しいんですけど…」
「え〜」
イルカの要求にカカシが不満の声を上げる。その様が妙に子供っぽくて可愛いと思ってしまう自分は、かなりカカシ中毒なのだろうとイルカは思ってしまうが、それでもこれから先待っている行為を思えば、せめて体を洗いたいと思うのは当然の欲求だろう。
あそこでキスを止めなければ、なし崩しに情事に縺れ込み、体中をカカシに貪られてしまうのは目に見えていたのだから。
「…俺、明日休みなんです」
言外に夜を期待していた事を告げる、控えめなイルカの発言に、カカシの目が歓喜に光る。
「だから、その…少し待ってて貰えますか…?」
羞恥に染まった赤い頬と耳朶、そして僅かに潤んだ黒い目が、カカシを上目で見つめて来る。
セックスを拒否しているのでは無いのだと告げる視線に、カカシは諸手を挙げて降参した。
「了解です」
苦笑して手を差し出せば、イルカがきょとんとカカシを見上げる。
「風呂場、こっちです」
そう言って、イルカの手を取り、カカシは機嫌良く歩き出した。
案内されたバスルームで、イルカは呆然と立ち尽くす。
一通り使い方の説明はされたので、風呂は使える。
取りあえず筋肉を使った後なので、湯船に浸かりたいと言ったら、カカシが何やら壁のパネルを操作し、浴槽に湯を張ってはくれた、だが、
「無駄に広い…」
呟いて思わずしゃがみ込んでしまう。当然全裸で。
間抜けな姿だとは思うが、庶民には理解出来ない世界が、バスルームにまで広がっていたのだ。
広いバスルームの壁際寄りに、寝そべる事が出来そうな大きさの浴槽。
何よりも、何でこんなに洗い場が広いのかが不思議で仕方なかった。
「…………ラブホテルみてぇ」
置いてあるものは桁が違う製品であろうが、何となくソレに近い印象を受け、イルカは恥ずかしくなってしまう。
脱衣所兼洗面所との仕切が、磨りガラス仕様だったのにも、要因はあるだろうが。
それでも光を十分に取り入れる作りになっているそこは、やがてイルカのお気に入りの場所になるだろう。
「ここで朝風呂とか気持ち良さそー」
イルカは立ち上がり、天井近くにある窓を見上げれば夕方の赤く染まった空の切れ端が見えた。
改めてシャワーをひっつかみ、コックを捻ると、結構な勢いの湯が調温されて飛び出した。
チラリと浴槽の湯の具合を確認し、先に手早く体を洗ってしまう。
壁に埋め込まれた大きな鏡に、ちらりと見えた背中の花が、鮮やか視界を過ぎるのが不思議だった。
男の体に、艶冶な牡丹。
咲き乱れたそれが、情事に不随する象徴で、居た堪れ無い気持ちになってしまうのが、否めない。
洗う順序を算段し、胎は…と思い至ってしまい、あまりの恥ずかしさに顔を俯け暫し考える。
「風呂に浸かって…少し筋肉が弛緩してからの方が良いかなぁ…」
確認するように呟いた言葉が、必要以上に浴室に響いて、イルカは更に恥ずかしくなる。
胎を自分で洗って、カカシを迎え入れる準備をする。
事後の処理をされた事はあっても、事前の作業は、初めて組み敷かれた時以外は、させた事が無かった。
シャワーの下、体についた泡を丁寧に流してイルカは嗤う。
初回はともあれ、今となってはそれを必要な事だと認識し、して当然の準備だと思っている自分。
シャワーを止めれば丁度湯船が頃合いで、手で温度を確かめて、イルカは浴槽を跨いで湯船に身を沈めた。
「…だって、ナマの方が気持ちイイだろうし…」
カカシがそう口にした事は無かったが、男として多分そうだろうと想定できる。
だが実は、あまりに恥ずかしくてカカシ本人には絶対に言えない本音がイルカにはあったりするのだ。
言われる迄もなく風呂を使い、中に指を突っ込んで洗う事を享受している本当の理由。
勿論、カカシが気持ち良くなってくれればと言う考えが一番なのだが。
「………言えねぇって…、胎で出されるのが好きだなんて…」
口にした言葉に羞恥と照れが込み上げ、イルカは浴槽の中で悶える。
そんな事を考えていたと知られたら、羞恥のあまり脳に血が上って、確実に倒れてしまう。
初めて胎に出された時は、ひたすら怖かった。
排泄器官を性器として扱われ、あまつさえ射精された事で、まざまざと男を受け入れた事実を叩き付けられたのだ。
直腸壁に叩き付けられた飛沫の感触と、開かれた後腔から胎に出された精液が零れる感触。
叫び出したい位の恐怖だった筈なのに、今ではこんな有様だと、イルカは湯に顎先まで沈み、自嘲した。
「好きって覚悟は凄いよな…」
湯に波紋を作り呟けば、好きの気持ちが確固として、内面から溢れ出て来る。
カカシを好きだと自覚した途端、体が快感に従順になった感じがした。
心と体は切り離せない何かがあるのだと、イルカは確かに実感する。
だって、怖かったのに、無理矢理関係を強要された初期の頃は、行為の後、必ず吐いて居たのだ。
だが、心がカカシを受け入れて以降、抱かれる事に嬉しさを覚えるように体が変化した。
当たり前だが、吐く事も無い。
慣れでは無いと思う。
「好きって思っただけ」
先程触れたカカシの唇を思い出し、イルカは無意識で自分の唇に触れる。
瞬間、我に返り、自分の行動に苦笑した。
たったあれだけのキスで、幸せを感じている自分が居て。
そして待たせているカカシの存在を思い出し、イルカは勢い良く湯船から立ち上がった。
最後の仕上げをする為に。
カーテンを閉め、ルームランプが照らす部屋の中で、カカシはイルカの背に咲く牡丹を眺める。
裸の背が動く度に、それは綻ぶ花弁のように蠢いて、抗いがたい誘惑の芳香を放つ錯覚を覚える。
始まりはいつもキスからなのはいつからなのか、触れるだけのを施し、角度を変えて楽しみ、舌を差し込んで絡めて、甘噛し、弾力を味わうのだ。 時に舌を口外に差し出して、少し離れた唇の隙間で絡めれば、唾液が粘着質な音を立てて、耳から犯される気分を味わう。
イルカは、カカシが羞恥を煽り、それを快感として植え付けるのを巧妙だと思うのと同時に、ベッドでの扱いが酷く上手いと感じ、カカシはカカシで、イルカの仕草と視線は、男の征服欲と庇護欲を異様にそそると思っている。
お互いに溺れ、お互いに惚れているが故に、誰かに攫われる不安を常に持っているのだ。
だからか、少ない逢瀬では短い時間でもほぼ必ず体を重ね、貪る勢いで食い尽くす。
「…ん、ふ…」
唇が色づく程キスを繰り返し、抜けるイルカの吐息に艶が混じり始めた頃、カカシの唇が顎先を掠めて首筋へと降りて、鎖骨に辿り着き、健康的に張ったそこの皮膚を強く吸う。
キスの合間に弄られたイルカの乳首は、ぷっくりと赤く腫れ上がり、掌でさすればコロコロとした感触を伝える。それを指の腹で捏ねて、幾分強く摘めば、組み敷いたイルカの体が、顕著に跳ねた。
「あ、ん…」
徐々に降下するカカシの頭に手を添えて、髪をまさぐり、与えられる快感に応える。
唇よりも先に降りたカカシの両手が、前後の秘部へと差し込まれ、途端にイルカの背が撓った。
「や、ぁ…、ま、って…」
「待てない」
言い捨てて、カカシは指を後腔の閉じた門へと這わせる。
何度か揉み込むように押して、つぷりと慎重に指を押し込めば、ほんの少しの濡れた感触。
その感触を確かめる度に、カカシは歓喜を覚えた。
自分と繋がる為に、自分から準備を施すイルカの好意に。
何よりも、自分を最後まで──それこそ胎での射精をも前提にして受け入れている事実と、そこに含まれる確かな期待が、嬉しいと思うのだ。
無理強いしているつもりは無いけれど、常に自分から仕掛けている気がして居た堪れ無いが、それでもその度、濡れた後腔の感触が、セックスに関する不安を払拭してくれる。
確かな言葉は貰えないが、言葉よりも雄弁な体を差し出してくれるイルカの姿に、愛しさが募る。
「ぅ、ん…カカシ、さん…?」
止まった愛撫に訝しみ、イルカが体を起こしてカカシを伺う。
無言で動きを止めてしまった事で、イルカに不安を抱かせてしまったかもしれないと、カカシは動きを再開した。
「ん、相変わらず、アナタのココはきついな〜と思いまして」
言い様、埋めた指をグイと曲げれば、イルカの腰が大きく跳ねてシーツへと倒れ込む。
「あ、当たっちゃった?」
「っ! わざとでしょう!」
指に当たるふっくらとした痼りを揉むように弄くれば、イルカの性器が可哀想な程に張り詰めて涙を流す。
立ち上がったそれを手に取り扱けば、イルカがあからさまな嬌声を上げて悶えた。
「ひゃ、ぁ…っ!」
前も後ろも同時に刺激してやれば、どうしようも無く腰が跳ねて、まるでイルカが自分で腰を振っているように見え、至極淫猥な光景に喉が鳴ってしまう。
戦慄く足の置き場に困り、シーツを掻くイルカの爪先を拾い上げ、カカシは足先にキスをする。
「やだ…」
爪先に感じた舌の感触に、イルカは反射的に足を引いた。
「イルカ先生」
呼ばれて視線を上げれば、熱を孕んだ色違いの目が、情欲にまみれた綺麗な顔でイルカを見つめていた。
顎に手を添えられ、親指がゆるりとイルカの唇を撫でる。
掴まれた顎を優しく引かれ、促された先にあるのは、頭を擡げたカカシの性器。
それは先端から蜜を零し、イルカの唇を誘っていた。
それがまだ大きく育つのを、イルカは知ってる。
そしてそれを、自分の手で、口で育てたいと思った時、カカシが伺うように問いかけて来た。
「ね…ダメ?」
あきらかに口での奉仕を要求する仕草と言葉に、イルカは喉を鳴らしてカカシの性器を凝視してしまう。
そして無言で体を起こし、四つん這いの姿勢でカカシの股座に頭を伏せたが、それをカカシに押し止められ、イルカは不満の露わに上目で睨め付ける。
そんなイルカの様子に苦笑を零し、カカシは寝そべってイルカの足側に仰向けで頭を向けた。
「オレを跨いで、可愛がって」
告げられた要求に絶句する。だって、それでは丸見えではないかと。
カカシを跨げば、綻びかけたイルカの後腔を、立ち上がった性器を、カカシの眼前に突き付ける形になってしまうのだから。
「ダメ?」
小首を傾げて強請るその姿は最高に凶悪だとイルカは思う。その仕草をされる度に、カカシの要求を受諾してしまう自分が居るのだから。
イルカは逡巡し、それでも最後には受け入れてしまう自分を知っている為、言われた通りにカカシの体を跨いで、立ち上がりかけたそれを手に取った。
と、後腔の粘膜に生暖かい感触。
「ちょ…っ!」
「イルカ先生はオレを可愛がって、オレはココを可愛がるから」
舌の感触に飛び上がり、後ろを振り返れば、イルカの尻の谷間に顔を埋めたカカシが厭らしく笑う光景。
瞬時にイルカは顔を戻し、カカシの性器を掴み直す。
そこから先は、まるで戦争のようだった。
「イルカ先生、声出した方が楽だし…もっと気持ち良いよ?」
カカシが優しく唆す声が、イルカの耳朶を擽る。
お互いの咥内で熱が爆ぜた後、さして間を置かずに、イルカの胎内にカカシの性器が埋め込まれた。
背後から与えられた質量と熱に、イルカは僅かな衝撃と、確かな快感を与えられる。
内部を穿つ熱の存在に歓喜しながらも、声を堪える仕草を見せれば、先の台詞をカカシが口にした。
「あぁ…ん、…は…」
突き上げられ、噛んだ唇が綻びれば、掠れた喘ぎが空気を揺らす。
湿りを帯びた淫靡な空間に、シーツが擦れる音と、息づかいと、イルカの押さえた声が小さく響く。
「ほら、壁厚いし、大丈夫ですよ?」
頑なに頭を振り、唇を噛みしめる姿に、情欲が煽られるのを知り、カカシは嗤う。
そしてその沸き上がった欲に従い、強くイルカを突き上げれば、噛んだ唇が綻びたらしく、盛大な声が部屋
に響いた。
「んあぁ…ッ!」
だがそれも長くは適わず、イルカが口元に自分の左の手首を押し付けて、声を塞いでしまう。
腰骨を掴みぶつける勢いで穿っても、くぐもった声が響くだけで。
熱に浮かされ、煽るように誘う言葉や仕草はみせるのに、何故だか声高には喘がない。
勿論、素直に声を上げる時もあるのだが、半々の確率でイルカは声を抑える。
今日はどうも抑える日に当たったらしく、それ以降もイルカは手首を噛みしめて、あからさまな声を零しはしなかった。
イルカが引っ越して来てから数週間があっという間に過ぎ、予想通り引っ越しの翌日からは擦れ違いな状態で生活していた。
それでも帰宅すれば、お互いの気配が残った部屋が自分を迎えてくれて、時間を見繕って今まで以上に会話し、体も重ねてきた。
会話する事によって、今まで見えなかった部分や、見逃した部分を見付け、例えそれが嫌な事であっても発見は凄く嬉しい。
最初の日、カカシはイルカにひっそりと言った。
本当は同じベッドで眠って欲しいのだと。
でも生活サイクルの違いで、イルカが寝汚いカカシを起こすことは無くても、カカシがイルカを起こしてしまうのが忍びないと告げれば、その夜から、イルカはカカシが居る時だけだが、同じベッドで就寝するようにしてくれたのだ。
しかし、数日に渡る出張を終えた今日、日数が未定だった事もあり、深夜を遙かに回ったこの時間では、イルカは自室で眠っている事だろう。
「ただいま〜っと」
音を立てぬように自宅の扉を開けて、せめて眠るイルカの姿を確認しようと、カカシは足音も潜めて、上着やネクタイををその辺に投げ散らかしながらイルカの部屋へと突き進む。
真っ暗な部屋を覗き込み、ベッドの様子を伺えば、そこにある筈の膨らみが無い事に気付く。
「あれ…?」
こんな夜更けまで外出している筈もなく、玄関からこちらまで人の気配は無かったのにと、カカシは部屋の前で首を傾げる。
「あ」
もしかしてと自室に足を向ければ、ベッドにはこんもりとした膨らみが出来ていた。
そっと近寄って覗き込めば、イルカがカカシの枕を抱き込んで、頬を埋めて眠っている姿があたった。
「わ、可愛い事しちゃって…」
自分の枕ではなく、カカシの枕という所に、イルカの寂しさを感じる。
ぎゅうっと強く抱き締められた枕に、嫉妬を覚える自分は狭量だと思いながら、カカシは軋ませないようにベッドに腰を下ろしてイルカの顔を覗き込んだ。
時折むずかるような仕草を見せながら、眠る姿は酷く幼い。
と、不意に枕を抱き締めるイルカの手首の甲に、くっきりとした歯形を見付けて眉を顰める。
いまだ残る位にきつく噛んだ痕をマジマジと眺めれば、そこには古い噛み傷も沈着して幾つか見えた。
「…うわ〜、何で噛むかなぁ?」
「ぅ…ん…、え…?」
思わず手を取り口付けたら、イルカがぼんやりとカカシを見上げていた。寝ぼけた目をさすり、カカシの姿を確認して満面の笑みを浮かべる。
「お帰りなさい」
「ただいまです…あ〜、やっぱり起こしちゃった…」
申し訳無さそうにカカシが項垂れれば、イルカが腕を伸ばして抱き締めてくれる。
「あったかい…」
「人間湯たんぽですけど…入ります?」
思わず漏れた呟きに、イルカが笑いながらくるまっていた掛布の端を持ち上げて誘う。
それをカカシが断る訳も無く、素早く衣服を脱ぎ捨てて、イルカの隣に滑り込んだ。
そして改めて、イルカの体を抱き
寄せて、体温を堪能する。
寄り添ったイルカはカカシの肩口に頬を寄せ、やがて穏やかな寝息を零し始める。
抱き締めたイルカの体温と触感に浸りながら、カカシはイルカの手首を思い出す。
自分との情事で付けた痕。例えそれを付けたのがイルカ本人であれ、付けた理由はカカシである。
この傷が他人の目に晒されるているのが、酷く嫌だと思った。
折しも傷は、ちょうど左。
利き手と逆のその腕に、カカシはほくそ笑み、頭の中に何軒かの時計ブランドを浮かべてみる。
「指輪も一緒に贈ろっかな〜」
高価な物を貰う事を厭うイルカが、素直には受け取ってくれないだろう事を思い、カカシは色んなシュチュエーションを考える。
何がなんでも受け取らせてみせるのだ。
傷痕を優しく包む、腕時計を。
この傷を見ても良いのは自分だけだと、眠るイルカの額にキスを落として、囁いた。
【完】
10月分の無料配布でした。
シリーズラストのつもりで作ったんですが、時間ギリギリで打ったんで、ボロボロですとも(涙)
おまけに刷ろうとした途端、インクジェットプリンターは壊れるし!
最後なのに白黒表紙でした。
悔しいのカラー版をアップしておきます。