パラレルですよ〜 大丈夫な方はスクロール
この閉じた世界であなたと二人っきり。
そんな、許されない夢を願ってしまう。
誰にも見られないように。彼を盗られ無いように。
ひっそりと隠した宝物。
大事に大事に愛でる、最愛の人。
八畳敷きの和室。その壁の一面を覆うのは、木造の格子と、年代物と表現できる程古くは無く、かと言って最近のものでも無い、微妙な古びを見せる木目。
異様な空間と、繋がれた自分。
少しでも身動ぎすれば、足下で金属の擦れる音がする。それが何の音であるのか、嫌というほど理解出来、イルカは深く溜息を吐いた。
でも、本当に溜息を吐きたいのは、この現状ではなく、馬鹿みたいな自分の心情。
こんな異常な状況に、慣れたとは思いたくない。
だけど絆されたと感じてしまうのは、可笑しな事だろうか。
今、イルカは確実に、自分をここに押し込めた男に対して、気持ちが傾いているのだった。
イルカからしてみれば、初対面の見ず知らずだった筈の男──自分に酷い事をした男に対して、心が揺らいでいるのだ。
姿を求め、体温を求め、抱き締める腕を心待ちにする位に。
常軌を逸した執着を見せる男に自然と惹かれ、施される行為すら許してしまいそうになっていた。
閉ざされた空間。
ここに自分を閉じこめた男の名は、『はたけカカシ』というらしい。
カカシは自分をここへと閉じ込めた日から毎日、飽きもせずにイルカの体を求め、組み敷き、抱いた。
譫言みたいに「好き」だと囁き続け、絶えずイルカの体に触れる。
同性に組み敷かれた事実の、あまりの衝撃に最初は気付かなかった。だが、ある日目にしてしまったカカシの指先の震えに、イルカの体に蟠っていた強ばりが、ふっと抜けてしまったのは、正直不覚だったかもしれない。
そう、絆されたのなら、あの瞬間。
いつものように視線を逸らして居たのならば、永久に気付かなかったであろう事実。一端知ってしまったその事実を、イルカは否定する事が出来なかった。
閉ざされた場所で耽る、異常な性行為。そんな紗幕がイルカの感覚を鈍らせていたのかもしれない。
だが、事実を知ってから何度目かの行為の最中、イルカは確信してしまう。
肌をまさぐるカカシの指先が、常に震えを纏い、瞳に歓喜と怯えが宿っている事を。
だけど、裏腹に施す仕草が至極優しいのが、酷く不思議だった。
排泄器官を性器の代用として扱われるのだが、そこに至るまでの過程は、イルカの快楽を最優先にしているのが伺えてしまうのだ。
痛みや嫌悪感に呻けば指は瞬時に留まり、宥めるように優しく頬を撫でてくれる。慣れない快感に肌を震わせれば、体が跳ねたポイントを違えず、何度も繰り返してそこを愛撫した。
それこそ、執拗な程に。
何よりも、カカシはイルカに圧し掛かり、狭い場所に己が凶器を突き立てながら、目を細めてイルカを愛おしそうに眺めるのだ。
粘質な音が響く程に、泥濘む排泄器官。そこをカカシに穿たれても、乱暴に突き上げられた事は初回以降、一度として無かった。
激しい抽挿が与えられるのは入れられてから随分と後で、その度にイルカは焦れて強請るように腰を捩ってしまう。
そして男がその仕草に嬉しそうに微笑む姿を目にし、自分の体の浅ましさに居た堪れ無さを味わった。
この場所に閉じこめられてから、毎日毎日、カカシの手が、指先がイルカの肌を辿る。
カカシに触れられて居ない箇所が無い程、イルカの肌は暴かれた。
与えられる愛撫に慣れ、触れられれば反応するようになった淫乱な体。
造り変えられた自分の体に、歯噛みするしか無かった。
心はどこかに置き去りに、身体だけが熟れてしまったのだ。
排泄の為の穴に、男の怒張を容易く飲み込んでしまう程に。
そこが性器に変えられたと理解した時、恐怖のあまり叫び出しそうになった。
実際、叫びを形取った唇が零したのは、引きつった喘鳴だけだったが。
体の奥深く、自分ですら触れる事の無い場所に、温い迸りが叩き付けられる感触。内臓に直接感じたそれをも快感として受け止めてしまった瞬間、恐怖は最高潮に達した。
注ぎ込まれた精液の、グチャグチャと耳を塞ぎたくなる淫らな水音。重なるように響く、自分の嬌声と男の呻き、二人分の呼吸音。
嘘だと思いたかった。これは、夢の世界の出来事で、自分はまだ目覚めていないだけだと。
男を深く咥え込み、甲高い声を上げる自分など、イルカの信じた世界には存在しないのだから。
それでも、知らず掴んだカカシの腕に爪を立て、極める瞬間の投げ出されるような感覚は麻薬のようで、いつしかイルカはカカシの手を望むようになった。抱き込まれるのを待つようになってしまった。
指先が肌に触れただけで、体が戦慄き、
期待に吐息が甘く熱を帯びてしまう。
目が勝手にカカシの姿を追い、視線が合えば思考が溶けたように霞み、知らず潤む目で彼を見つめてしまう。
伸ばされたカカシの指先に頬を撫でられ、その感触に浸りつつイルカは静かに目を伏せる。
そして当たり前のように唇に与えられるのは、酷く優しいキスだった。
始まりは雪の日。
戦後最大と嘯かれる寒波が列島を襲い、毎年雪の多いこの土地でも、例年よりも確実に積雪量の増えた雪を眺め、うんざりとした気分でスコップを構えた。
連日の雪かきのせいで、そろそろ背中の筋肉も可笑しくなり始めたと、イルカはスコップを操る手を休めず、思う。
毎朝出勤前に雪をよけ、帰宅してから、再び除雪作業をする。
結構に年代物なアパートの一階。
そこがイルカの住処だった。
この土地に来てから数年、一度住み着いてしまったら、近所付き合いの煩わしさえも、独身の寂しい自分には、酷く有り難いものに感じ、居心地の良さに抜け出せなくなってしまったのだ。
教員になって二年目で訪れた土地。その当時の蓄えで余裕のある住居として選んだ、古いアパート。
田舎と言う程田舎では無く、それでも市街地からは離れているので、高齢化の波がじわじわと押し寄せて来ているらしい場所。
だからか、アパートにはイルカより若い人間はおらず、日頃世話になっている事を含めて、イルカの庇護欲が起きあがった。
早朝と、帰宅後の二回。決まってイルカがアパートの周りを除雪するのだ。特に年老いた住人達の負担にならないように。
だからその日も、イルカは例の如く雪かきをしていたのだ。
昨日終業式を終わらせ、今日から学校は休みに入ったが、それでも雪が降ってからの習慣で、毎日早朝に目が覚めてしまう。
アパート前の路面の雪を右往左往に避けて、所定の位置に積み上げる。
既に雪山はイルカの頭上を遙かに越え見上げる高さになっていた。
曲がり角などは見通しの悪い状況を作り、まるで迷路が連なっているような光景。
今年の積雪は、車道と歩道、その両方に多数の死角を作った。
だからその影に誰かが居ても、それに気付かないとしても、決して可笑しい事では無かった。
影に居た人物が、意図として隠れているのだとしても。
伸びてきた手に気付いたのは、口を背後から塞がれ、腰を巻き込むように強い力で引き寄せられてから。
防寒目的で目深に被っていた帽子を引き下げられ、あっさりと視界も奪われてしまい、イルカは体を拘束する腕の主を、確認する事はできなかった。
素早い動作で両腕を縛られ、抵抗を奪われると同時に、猿轡を噛まされれば叫びも奪われた。
そしてそのまま車らしきものに押し込められ、両足をも一纏めに拘束されてしまった。
だから、無理矢理車に乗せられたまでは理解できても、どこへ連れて行かれたのかは、判断しようも無かった。
数分なのか、数十分なのか、視界を奪われた暗闇では、時間の流れが酷く曖昧で、車が停止した場所の特定など出来る筈も無い。
イルカは荷物宜しく知らぬ腕に抱えられ、肩に担がれて運ばれた。
流石に自分の体重を担ぐ人間をを女と思う訳もなく、相手が男だという事実だけが知り得た情報だった。
担がれるまでは荷物扱いだと思っていたが、男が担いだイルカを床に降ろす際、やたらと丁寧な手つきなのが奇妙だと思った。
そっと、壊れ物を扱うような動作。
ゆっくりと浮遊感から解放され、尻に平坦な感触を感じた時、イルカは知らず安堵の吐息を零してしまう。
「ごめんね、イルカ先生」
男が初めて口を開いた。
記憶に無い声が自分の名を呼び、謝罪を口にするのを聞き、愕然とした。
誰かと間違えられて連れ込まれたという期待が、脆くも崩れ去って。
「ああ…今取ってあげる」
男の声がそう告げるや否や、視界を覆っていた帽子がスルリと取り去られる。毛糸特有の静電気が髪を逆立てるが、そんな事など気付きもせずに、急に開けた視界に瞬きを繰り返す。
そして見上げたイルカの視線の先、あったのは仄かな灯りに照らされた、人形のように綺麗な男の顔だった。
「ごめんね…我慢、できなくなって」
困ったように眉が下がり、それでもうっすらと笑う男は、躊躇いがちの指先を仰向くイルカの頬に滑らせた。
その感触に鳥肌が立ち、イルカは生まれて初めて恐怖を知った。
感情が、『怖い』という言葉一色で染められて行く瞬間、頬の丸みを辿る指先が、猿轡に触れ、男の顔が悲しげに歪んだ。
「後で取ってあげる…ごめんね、全部我慢出来なくなったオレが悪いんだ」
言葉の意味を汲み取る前に、イルカの肩に軽い衝動と重み。
首を仰いだまま、背中から床に転され、男に押し倒されている姿勢。
その体勢に、更に恐怖が募った。
それが視線に現れたのだろうか、仰向けで転がるイルカを覗き込み、男は宥めるように再び頬を柔らかく擦る。
「怖がらないで…ね、ただオレは…あなたが好きなだけなんです」
寄せられた眉根に、男の秘められた激情を知るが、それでイルカの恐怖が去る訳も無く、得体の知れない怖さが余計に募るだけだった。
カタカタと小刻みに震え始めた自分の体。
そしてその振動に、男の顔が泣きそうに歪んだのが見えた。
それが最初だった。
初めて彼を認識したと同時に、この環境は決定事項となっていたらしく、男は拘束されたままのイルカの体を縦横無尽に弄った。
はたけカカシと名乗った男は、それ以上の情報をイルカに与えず、浮かされた面持ちでイルカの体に触れたのだ。
腕や足を縛る縄の合わせ目から器用に手を差し入れ、小さな隙間から直接肌に与えられた刺激に、イルカは鳥肌を立てながらも戦慄き、震え、悶えた。
カカシの手や唇で刺激されたイルカの性器が、二度三度解放されて初めて、男は足を拘束していた縄を解いてくれた。口を多う猿轡も。そして射精後の倦怠感が残る、力無い足を大きく割り広げられ、イルカはカカシが求めているものを知った。
下世話な世の中、男同士のセックスの仕方など、聞くつもりが無くても耳に入ってくるのだから。
だが、力の抜けた体では抵抗は抵抗にならず、身動ぎに終わってしまう。その事実に歯噛みしながら、次に訪れた、信じられない場所への有り得ない感触に、目を見開いた。
「や、め…っ、何を…!?」
萎えた足を割り広げられ、力の入らない膝裏を掬うように折り曲げられれば、自然と自分の排泄器官がカカシの眼前に露わとなってしまう。
その事を咎める前に触れた、そこへの濡れた感触。
ピチャリと耳を塞ぎたくなるような淫猥な音は、紛れも無く晒された部分から響いて来た。
男の身では一つしか存在しない穴に、生温かく濡れたカカシの舌先が伺うように触れ、更に舐め解す動きで尻穴を平らに辿り、時折窄めた唇で吸い上げる。
まるで深いキスにも似たそれに、射精を繰り返したイルカの体は、嫌悪を感じる前に快楽を拾った。
「や、め…っぁあ…っ」
ヒクンと引き攣る、畳まれた腹筋。
有り得ない場所から聞こえる啜るような粘着質な音に、耳からも犯される気分を味わった。
「い、やだ、っ…やめ…ろぉ、ッ!?」
絶え間無く与えられる感触に身悶えれば、唐突に肉の輪を潜り抜ける柔らかい塊。
カカシの指先がイルカの尻を左右に広げ、舌先が粘膜に潜り込んだのだ。
グニグニと狭間で蠢くそれに、恐怖と快感でイルカは泣きながら喘ぎと拒絶の言葉を叫んだ。
「ん、ぁ…あ…や、もぅ…やぁっ!」
舌先を胎に入れたまま吸い上げられれば、拒絶の感情を裏切って体が跳ねる。
絶え間無く与えられる感覚に、イルカは驚愕に目を見開きながらも、自覚無く腰を揺らめかせた。
綻んでしまったそこに、何らかの薬を施され、カカシが自らを埋めるまで、まるで強請るかのように、腰が揺れる動きを止める事が出来なかった。
夢中になった。
殆ど痛みを伴わない、背徳の行為に。
両腕の拘束がいつ解かれたのか、気付けない程に。
日に三度きっちり与えられる、食事の数を数えるのを止めたのは、いつだっただろう。
ほんの数日かもしれないし、もしかしたら月単位かもしれない。
そんな事がどうでも良くなって来ている自分に気付き、イルカは緩く頭を振った。
さして間を置かずに愛撫される肌が、快楽を教え込まれた体が、いつしかカカシの訪れを心待ちにしているのだ。
心を置き去りに、体が快楽に慣らされ、格子戸に付けられた鍵が開くが開く音がするだけで、反応しそうになる。
このままでは心まで絆されてしまう。
そんな自分の考えに、イルカは暗く嗤う。
もう絆されかかっている自分を知っていて。
あの指が肌を辿る感触も、色違いの瞳が嬉しそうに撓み、情欲に濡れるのも、間近でつぶさに眺め続けて来た。
最初は触れる事すら無かった唇も、イルカの抵抗が弱まるのと比例して強く、貪るようなキスが与えられるようになった。
吐息ごと吸い尽くされそうな口付けは、今まで経験したどのキスよりもイルカを翻弄し、奪い尽くす。
そして最近では、そんなキスを与えられるのを待っている自分が居て、イルカは自分の体と心の柔軟さに悲しみを覚えた。
十分な食事と休息。
激しさと優しさが同居した情交。
一人の寂しさを知るイルカの中に、カカシは強引に入り込み、居座った。
閉ざされた空間に自分を繋ぎ、閉じこめた酷い男の筈なのにと、イルカは唇を噛みながら自嘲する。
求められて満たされる自分の性質を、嫌と言う程イルカは理解していた。
「ひ…ん…っ…」
押し入るように胎に入り込むカカシ自身に、意識せず息を吐き、声を殺す事も叶わずに、甘ったるい声が零れてしまう。
容易く異物を飲み込む、淫猥ではしたない後腔。
いつの間にか、さしたる抵抗も無く、相当量のそれを飲み込む事を覚えてしまった。
情事の最中に見える労る仕草に、体だけでなく感情までも傾いた。
今、イルカが置かれた状況。これはカカシの抑圧された自分への愛情が溢れ出てしまった結果なのだと知れて。
「やだ…も、ぉ…イ、クぅ…」
カカシの猛った性器を咥え込み、快感を得てしまう淫乱な体。
最早前に触れられずとも、後腔を抉られる刺激だけで、前を解放するようになってしまっていた。
そして一拍遅れて体の奥に叩き付けられる、飛沫の感触に身悶えるのだ。
萎えたカカシが抜け落ちる動きすら、気持ち良いと吐息が零れる。
「…何回分かな…溢れて来ちゃったね」
はしゃぐ調子で、カカシが先程まで彼を咥えていた後腔に指を差し入れ、胎を悪戯に掻き回す。
粘着質な水音と、溢れ零れた温い液体が太腿を伝う感触に、イルカの背が震え、また腰に熱が灯り始めた。
「ふふ…勃った…嬉しい」
生理的な雄の立ち上がりにカカシは表情を綻ばせ、そこにキスをする。
「ぅ、…ん…ダメ、止めて…」
溢れるように零れてしまう喘ぎに、カカシが嬉しそうに微笑み、パクリとそれを咥えてしまう。
そしてイルカの性器が完全に育ったのを確認すると、後腔に含ませた指を抜き、己を押し当て、イルカの胎へとゆっくりと潜った。
焦らすような、もどかしい仕草で。
カカシの意図を判ってか、イルカは力無い足を大きく広げ、淫らな仕草でカカシに強請る。
「…ん、…っ…もっ…、とぉ…」
「うん…足りないよね?」
途端、大きく穿たれ、イルカの背が綺麗に撓った。
揺さぶられる視界の中、カカシの目に悲しみが見えたのは、イルカの気のせいだったのだろうか。
初めてイルカを見た時、なんて無防備な人だろうと、暫し呆れた。
カカシはこの土地で三代続く医者の家系に生まれ、何の疑いも持たず、周りに望まれるまま医療の道に進んだ。
数年前に両親が他界し、研修医としての勤めも終わったカカシは、近場に居た古い付き合いの医師達に指導を受けながら、数年閉めていた実家の医院を継いだ。
慌ただしく時間が過ぎる中、往診に訪れた家の傍で、イルカを見かけたのがそもそもの始まり。
帰宅途中だったのか暗い夜道を一人で歩きながらも、時折夜空を見上げ星を眺める。
その姿の無防備さに、正直呆れた。
昨今、夜道じゃ無くても狙われるのは、女子供だけじゃ無いというのに。
だが、一見暢気にも見えるイルカの仕草に、寂しさが垣間見えたような気がしたのだ。
以来、何故だかイルカが気になって、見かける度に暫しその姿を眺めた。
そしていつしか芽生えた感情は、カカシが意図としない方向に育ち、立派な恋愛感情として根付いてしまった。
同性云々という懊悩は、イルカの姿を眺める内に、どこかへ吹っ飛んでしまった。
ただ、誰かものになる前に、閉じ込めて、自分だけのものにしてしまわなければと、焦った。
だから攫って閉じこめた。
そんな自分の行動と考えに、確かに自分はあの両親の子供なのだと、自嘲めいた気分を味わったが。
そして、いずれ処分しようと思っていた、木造の格子の異様な空間の存在が、カカシに拍車を掛けてしまう。
ここはカカシの父親が設えさせた、妻の為の隔離部屋だった。
十分な広さと、日常生活が不自由なく送れるように作られた和室。
ありもしない妻の不貞を疑い、閉じこめ、狂気じみた愛情で縛り付ける為に作った、離れの一角。
だが、カカシは理解しているのだ。
あの時、父は周りが見えず疑いだけが肥大して、それでも妻を手放す事など考えられず、自分だけが愛でられるようにここに閉じこめた。
だが、閉じこめられた母もまた、そんな父だけを心から愛していたのだ。
だから言われるままにこの部屋に入り、父以外の人間──実子であるカカシも含め、誰とも会わない生活を送った。
お互いしか見ていない両親。親から受けるべき愛情を与えて貰えず、寂しいと思った時期もあったが、彼らの姿に、寂しさよりも羨ましさを感じた。
きっと、自分も両親と同じく、感情のどこか壊れていたのだろう。
閉じこめる事も、閉じこめられる事も、彼らお互いが望んで出した結果だ。
他人が入り込む余地が存在しない、閉ざされた二人だけの関係と世界。
いつか自分もそこまで好きになる存在が出来るのだろうかと、幼いカカシは両親の姿を見ながら思った。
互いしか見えていない夫婦。
だから、片方が先立てば、当然、間を置かず、まるで後を追うかのように残された方も旅立った。
そしてカカシひとりと、家を含む遺産が残され、今に至る。
両親を見て育ったカカシの中に芽生えた、奇妙な理想の恋愛像。
お互いしか見ない。
お互いしか愛さない。
そんな存在を得られる事は、奇跡に等しい事だと頭では理解しながら。
格子戸の向こうにある障子。
そこを開け放てば、小さな坪庭が存在した。
外からは塀を挟んで中が見えない構造なのが絶妙だと、イルカは妙な部分に感心した。
それでも、小さな箱庭に積もる雪は、イルカの住むアパートの前に積もる量よりも遙かに少なく、風情のある量を保っていた。
ちらりちらりと落ちる雪の姿。
久々に目にする白い世界。
イルカは足を鎖で拘束された状態のままで、膝にカカシの頭を乗せ、坪庭を眺めた。
膝枕を許容したのはどうしてか、イルカ本人にも理由は判らない。
ただ、カカシの髪を梳き、雪が降る坪庭を眺めるのが、至極心地よいのだ。
時折、悪戯な指先が腿の内側に侵入し、イルカの息を乱す動きを見せるが、それでもそれを振り払おうとは思わなかった。
「…何を見てるの?」
じっと外を眺めるイルカを咎めるように、カカシが下から声をかける。
「雪を…地に落ちる前の降る雪を…」
小さな坪庭とは言え、紛れもない外へと繋がる場所。それを眺めながら身の解放を強請らぬイルカに、カカシは逆に不安を感じながらも、イルカの視線を追い、外に降る雪を見つめる。
「本来綺麗なもんじゃ無い筈なのに…綺麗だよね…」
「ええ…こうしてゆっくり眺めていれば、そのうち六花模様も見えて来そうで…肉眼で見える筈も無いのに」
過去、誰かに教えて貰った結晶の形。
それを脳裏に描いて、外を眺める。
「六花…?」
「雪の結晶は六枚の花弁を持った花のようでしょう?」
「ああ…雪輪模様の事?」
六花を尋ねながら、一般的では無い呼び名で納得するカカシに、奇妙な知識の蓄積を知った。
こんな風に穏やかに、最初からゆっくりと関係を初めて居たのなら、今とは違う状態になっていただろうかと、内心嗤いながら、イルカはカカシを見下ろし微笑む。
「随分博識で。雪輪の方がマイナーな名称ですよ、きっと」
「そう?アンタと一緒に見られるなら、どっちの名前でも構わないけどね」
現状を省みれば可笑しな程に穏やかな雰囲気。
イルカは膝に乗ったカカシの頭を緩く撫で、ゆったりと微笑む。
いっそ閉じこめられたままでも、この穏やかな世界が永遠に続くなら構わないと思う自分を内心嗤いながら。
繋いだ事。そして無理矢理に体を開かれた事。その二つを除けば、カカシはひどくイルカに優しい。
無理にこんな関係を突き付けられなければ、同性との性行為など、イルカは考えもしなかっただろう。
結局、こんな立場を最初程厭おうて無い自分に、イルカは自嘲気味の笑いが込み上げる。
「…イルカ先生?」
「はい」
「アナタがここに来てから、何日経ったか知っていますか?」
問われて首を傾げる。
最初の内は数えていた日数も、今となっては無意味だと思って。
今更何を言うのだろうと、じっとカカシを見返せば、途端その表情が泣き笑いに歪んだ。
そして擦り寄るように頭を乗せていたイルカの腿に頬を擦り寄せ、両腕で腰を抱く。
「どうしたんですか、今更…?」
「…今日で22日目…あなたの冬休みが終わるまであと3日」
「え…?」
「もっと経っていると思った?」
問われた言葉に頷きつつも、カカシが何を言おうとしているのか判らなかった。
そして、それしか時間が経過していない事も、意外だった。もっと時間が流れているものだと思っていたのだ。
だが、冷静に考えれば、雪はまだ積もっているし、春の気配はまだまだ遠く、片鱗すら伺えない。
「新学期が始まるまであと三日あるけど…明日、アナタを解放しますよ」
「何、で…」
突然言われた内容に、イルカは体が凍ったような感覚に陥った。
今更何を言い出すのか、カカシは。
繋がれた現状に諦めを感じ、それでも良いかと思った矢先にカカシが告げたのは解放の言葉。
自分をここまで飼い慣らして、今更放り投げるのかと、奇妙な憤りさえ感じたが、そんなイルカの感情を余所に、カカシは言葉を続ける。
「オレはアナタが欲しかった。だからオレの父親がしたみたいに、アナタをここへ閉じこめた…」
頭を乗せたイルカの膝、正確には腿に頬を擦り寄せてカカシは努めて平坦を装って言葉を紡ぐ。
「本当は判ってるんです。オレがアナタにした事は、ただの犯罪だって事くらい」
やや早い調子で口にする言葉。それは諦めと自嘲が綯い交ぜとなり、複雑な色を成してイルカに届いた。
「いつまでもこの部屋で、アナタとたった二人、降る雪に六花の模様を探したかったけど…」
既にイルカを解放するつもりでいるらしいカカシの、別離を示唆する言葉。それをイルカは途中で断ち切るように静かに言った。
「だったら、閉じこめれば良い」
静かな、だけどふつふつとした怒りが隠ったイルカの声。
その低く咎めるような響きに、カカシは体を起こし、イルカを見上げる。
見上げるカカシの頬を掌で包み、イルカは微笑む。
今更解放されても、困るのだと。
「ふたりでずっと雪だけを眺めて、雪が終われば、花を眺めて過ごせば良い」
坪庭を示せば、観賞用の優美な枝振りの庭木が植えてあるのが見えた。
椿、垣根の向こうから絶妙に庭に枝が垂れ込む枝垂れ桜、紫陽花。ざっと見ただけでも、花を楽しめる植物がかなりの数、揃えてあるのが伺えた。
カカシに膝枕をし、それを眺めて過ごすのも悪くないと、思っていたのに。
「この部屋に繋がれた侭でも構いませんよ、俺は」
「イルカせんせ…?」
「…でも、俺を繋ぐならきちんと最期まで責任を持って下さい!途中で放り投げるつもりなら、最初から俺に触れるな!」
いつの間にか絆され、カカシに慣れてしまった自分。それを放り出すと言うなら、いっそ殺してから捨てて欲しいとさえ思い、イルカは激昂を抑えられず叫ぶが、途端、抱き締められ、体温と僅かな体臭に包まれて、息をつく。
触れられなければ不安な程、体も心もカカシに傾いてしまっているのだ。
「好き…イルカ先生」
痛い程強く抱き締められ、ダラリと横に落としていた腕を、カカシの背中に回した。
でも、言われた言葉に、体が強ばる。
「でもアナタを解放します」
それは宣言の強さを持ち、イルカの耳に染み込む。
一瞬意味が判らずにカカシを見れば、酷く静かな目がそこにあった。
「な…」
ガチャリという音と共に、足を拘束していた枷が外され愕然とする。
しかし、カカシは再びイルカを抱き締め、言うのだ。
震える声で、自信無く。
「だから、解放しても…オレに繋がれて?」
問いかけが囁かれると同時に、イルカはカカシを抱き締め返した。
馬鹿な事をと。
ここまで自分を繋いでおいて、今更繋がれろだなんて、何も判っていない。
悔しさ半分、イルカは少し強気になる。
だって、カカシは自分の事が好きだから。確かに犯罪ギリギリの行動だったが、それが無ければ、イルカは彼を知り得ないまま一生を終えたであろう。
それが良いか悪いか、判断がつかないが。
それでもカカシと、少し先の未来が見たいと思った。
繋がれても良い。
寄り添ってくれるのなら。
抱き締めるカカシの肩に頬を預け、イルカはそっと囁く。
繋がれろと言うカカシへ、等価を求める為に。
「あなたも、俺に繋がれてくれますか?」
言った瞬間、背中に回ったカカシの腕に引き寄せられ、背中が僅かに撓る。
膝立ちで座るイルカを抱き締め、カカシは震える声で求めに応じる。
否、応じる必要も無いのだ。
カカシは既に、イルカに囚われているのだから。
「もう、大分前から、オレはアナタしか見えてないよ…」
頬に手を添えられ、イルカはごく自然に顎を上げ、瞼を閉じた。
そして重なる唇の感触。
それは酷く厳かで、静かな、まるで儀式のような口吻。
自分達の中では、繋がる事を制約する、誓いとなって、きっと永遠に忘れられない、特別なキスだった。
きっと二人、吐息が白く染まる世界に、永遠に閉じた空間を夢見る。
六花に埋もれて、世界が閉じる瞬間を待つのだ。
春の気配はまだまだ遠い。
ならばもう少し。
この閉ざされた空間に、繋がれても良いと思ってしまう。
勿論、カカシが一緒ならば、であるが。
【完】
ストーカー・カカシで拉致監禁。
2月分の無料配布でした。カカシファンに石投げられそうな
内容で申し訳な…ッ。や、そもそも内容なんて無いか…(涙)
…もうちっとイルカ先生の意識の変化を書き込みたかったな〜と、
己の文章力と構成力の無さに、打ち拉がれました。
そして実は、前回よりも頁が2頁多かったり…。
しばらくこのシリーズで行きます。(少なくとも3月もコレ)