パラレルですよ〜 大丈夫な方はスクロール
真白い雪に落ちる赤。
庭先の寒椿を眺めて、ふと思う。
ポトリと首ごと落ちた様が、潔く、そして憐れだと。
艶冶な色を湛えながらも、盛り越えた瞬間に地に落ちる。
白い世界に赤い斑点。
それはまるで、シーツに散った破瓜の鮮血のようにも思えて、男のイルカは触れる事を躊躇う。
馬鹿な事をと、自嘲し首を振ってみても、その印象は中々消え去る事が無かった。
イルカを攫い監禁した短い生活が終わりを告げてから、もう一ヶ月と少し経とうとしていた。
絆されると言うよりも、慣らされたと言ってしまえる状況で、イルカはカカシに捕らえられる事を選んでくれた。
それはカカシにとってはこの上ない僥倖であるが、イルカにとってはもしかしたら不幸なのかもしれなかった。
だって、あんな変質者じみたスタートから、今の穏やかとも表現できる関係は、カカシ自身信じられずに未だに夢かと疑ってしまう。
眺め、恋して、捕らえて閉じこめた。
そんな自分凶行を、正直実刑を食らう覚悟で実行したのだ。
カカシはイルカを知っていても、イルカの方からは接点の一つも存在しないカカシを知る由も無かったのだから。
あの雪の日、カカシに拉致され、顔を合わせた瞬間のイルカの脅えた表情が忘れられない。
恐れにに青ざめ、押し倒された状態で小刻みに震える体に悲しみを覚えつつも、それでもカカシはイルカを求める事を止められなかったのだ。
好きだと嘯いて、酷い事をした。
明らかな犯罪行為を、『好き』の言葉を自分への免罪符として、イルカの体を隅々まで暴いた。
ずっと眺めるだけだったイルカに初めて触れた瞬間、歓喜に全身が震えるのが否めなかった。
冬の外気に晒され凍えた頬と、厚い防寒着に隠された肌は少し汗が滲み、しっとりと温かかった。
その感触を掌は基より、カカシは自分の全てで味わい、堪能した。
何度か射精を繰り返し、ぐったりしたイルカの足を抱えれば、奥まった場所に目が釘付けになってしまい、自分の歪んだ欲望に自嘲するしか無かったのを思い出し、カカシはそっと苦笑を浮かべる。
そこに自分が埋まるのだと想像しただけで、下肢に熱が滾り、触れもせず勃ちあがる自分の性器。
きっちりと閉じた固い蕾に引き寄せられ、気付けばイルカの排泄器官を夢中になって舐めていた。
濃厚なキスを施すように啄み、吸い付き、舌を潜り込ませて中を濡らす。
綻んだそこに指をかけ、割り開いた中から垣間見える肉の鮮やかな色。
見た瞬間、もうダメだった。
我慢が臨界点を大きく振り切り、用意しておいた塗布用の局部麻酔ゼリーをおざなりに塗りつけて、イルカの中に入り込んだ。
医者で良かったと心底思った瞬間だったかもしれない。
いままで周りが促すままに、何となく医療の道を進んで来たのだが、初めてこの環境に感謝した。
蕩けるくらいに舐めて快楽を先に与えたお陰か、薬のお陰か、痛みをほとんど感じていないだろう特殊な性交に、イルカが溺れ始めたのが判った。
まるで穿つのを強請るように揺れる腰に煽られ、夢中で貪った。
あの時の自分の獣じみた行動に苦笑を浮かべ、イルカの媚態を脳裏に再現すれば、知らず下肢が擡げ始める。
カカシは慌ててて回想を打ち切り、目の前のカルテに改めて向き合った。
ともあれ、こうしてあの時の事を思い出して悦に浸れるのは、イルカが自分に落ちて来てくれたからに違い無いのだ。
犯罪とされる行為。
それを許したイルカに感謝と愛情を捧げ、カカシは最後のカルテにペンを走らせる。
と、何気なしに視線を走らせた先、机に置かれた電話に併設したセキュリティが点滅しているのが見え、イルカの来訪を知る。
未だにイルカは、カカシの職場に訪れた事は無い。
隔離部屋から解放した時に渡した鍵で、いつも勝手口から訪れるのだ。
そしてそのまま躊躇う事無く、離れの隔離部屋へと上がり、カカシが出向くのを待つと決まっていた。
もっと堂々と正面から入れば良いのにと、カカシは思うのだが、イルカとの関係の複雑さから、自分がそう告げるのはお門違いだろうと思い留まる。
医院の職員はカカシと、2人の看護師、そして事務員の4人しか居らず、自宅の方へ職員が来る事は、まず無い。
ましてや離れに近づく人間など、カカシ以外に存在しないのだから、誰かにあの部屋に佇むイルカを目撃される可能性も無いだろう。
カカシとしては、見られたとしても別段何とも思わないのだが。
木造りの格子が設えられた、明らかに人間を監禁し、そこで生活させる為の空間。
その隔離部屋自体、世間に知られても構わないとは思うのだが、あの場所でカカシを待つイルカの姿を見られるのは、酷く嫌だった。
イルカの教師という職業を慮っての事もあるのだが、それよりも、あの場所に在るイルカの姿は、普段の溌剌とした印象からは想像出来ない位に儚く、そして何故か艶めかしいのだ。
「…イルカ先生ってば、どんどん色っぽくなっちゃって…」
肌を重ねる毎に、行為に対する躊躇いが払拭されて行き、イルカはカカシの求めに応じて体を開き、時折だが、強請る仕草すらしてくれるようになった。
だがそれは件の隔離部屋だけの事で、一歩でもそこを出ればいつもの健康的なイメージのイルカに戻る。
頑なで、欲を持って触れるのが躊躇われる雰囲気の。
見事な線引きと言えばそうなのかもしれないが、あの狭く閉ざされた空間限定の恋人と言うのは、凄く寂しいとカカシはため息をつく。
どうしてかイルカは隔離部屋から出ようとしないのだ。
カカシの家の中、イルカが知るのは隔離部屋のある離れの一角。
そこからは、決して一歩も踏み出さない。
カカシと過ごす時間全てを隔離部屋で過ごし、翌日自宅へと帰ってしまうのだ。
古い、懐古的なアパートへと。
一緒に暮らそうと何度か強請ってはみたのだが、それはあっさりと断られ、イルカがカカシの元に通う形で現在の関係が成り立っている。
さして遠くない徒歩圏内距離であることがせめてもの救いかと、カカシはため息を吐いて、カルテをファイルに戻した。
イルカが訪れるような時間なのだ、とっくに医院自体の業務は終了し、家庭持ちと彼氏持ちの職員達は既に帰宅し、ここにはカカシ1人しか存在しない。
イルカの訪れを待つついでに、来院者のカルテを温習(さら)っていただけなのだから、ここで作業を打ち切っても何の問題は無い。
カカシは座っていた椅子から立ち上がり、おざなりに着ていた白衣を脱いで背もたれにかける。
明日また看護士達に「白衣がシワになってる」と自分のものぐさ加減を叱責されるのを予想しながら、カカシは自宅へと──否、離れへと向かった。
勝手口を通り抜け、貰った鍵でイルカは中へと足を踏み入れる。
そして迷わずまっすぐに、あの木格子に囲まれた部屋へと向かうのだ。
カカシから貰った鍵は2本。
彼のの自宅玄関の鍵と、勝手口の鍵である。
最初は自宅の鍵だけだったのだが、貰った後、いざ玄関の前に立つと、どうにも気後れがして、ついインターホンを鳴らしてしまったのだ。
何より、先ほど通った勝手口の方が距離的に離れに近い場所にあるのだから、自宅玄関の鍵は無用の長物と化してしまっていた。
あの監禁沙汰以来、イルカとカカシの関係は、世間的には近しい友人となっていたりするのが笑えると、イルカは自分達の本当の関係を振り返り嘲う。
1ヶ月近い監禁に置けるイルカの不在を、カカシが自分の医院への入院として周知させたせいなのだけれど。
「…入院患者なんか、受け入れて無い癖に」
規模の小ささのせいもあるのだが、入院施設はあってもそれを運用する機会は
殆ど無いらしい。
せいぜい急患で1泊入院。
それでも患者の容態がが落ち着いたら、懇意の病院に転院させてしまうのだと言っていた。
「まあ、スタッフ4人ってのは、入院患者まで看られないよなぁ」
医者というのは意外に激務らしく、カカシのような若い医者は特に、勉強の意味合いも兼ねて時間が空けば近場の病院にヘルプに行ったり、往診に走ったりで忙しい。
「医院ってよりも、診療所?」
あの派手な外見に似合わず、地域密着型の町医者タイプ。
以前、覆い被さって来たカカシを抱き留め、体中に与えられる口づけに酔いしれていたら、胸元で唐突に寝息が聞こえ驚いた事があった。
火が付き始めた体を持てあまし、燻った熱が蟠っている状態だったが、それでも自分の円みの無い胸で無防備に眠るカカシが愛おしいと思った。
だから起こさぬように布団を引き上げ、二人でくるまり、外の世界を遮断して眠りについたのだ。
この隔離部屋の中で、更に深く外界を遮断して。
布団1枚を隔てて、たった二人だけの閉ざされた空間。
外からカカシの姿を遮って、その温もりに浸った夜の安堵感は、イルカの裡に暗い感情を伴った幸福な時間として、今でも燻る。
誰にも見られず、盗られる心配も無い。
腕の中に収まりきらない体躯、体温、重み。
カカシを構成するそれら全てが、その時間だけはイルカ一人のものになったのだ。
翌朝、カカシは土下座して自分の失態を謝ったが、味わった暗い幸福感を隠して、イルカは思いついたように強請る台詞をカカシへと向けた。
それは不思議なほどにスルリと紡がれ、カカシを煽ったらしく、結果、朝っぱらから盛る…正確には、朝から昼過ぎまで、交わった侭で過ごす事となったのだ。
ここ最近になって、強請る言葉や仕草に躊躇いが薄れ、快楽や愉悦に正直になって来たとイルカは自分を振り返って思う。
男同士という垣根は、最初に拉致監禁強姦された衝撃で、最初から吹っ飛んでしまっている。
カカシと改めて付き合うとなった時、その時にはかなりイルカはカカシの事を好きになってしまっていた。
だからだろうか、嫌われたくないと思うのと同時に、誰かに盗られたくないと思ってしまうのは。
自分が去れば、カカシは次の人間を捜すかもしれないのだから。
嫌われる云々は、拉致までしたカカシの事である、よっぽどの事が無い限り可能性は無いとは思うのだが、それでもこの隔離部屋を自分以外の誰かに明け渡すのが嫌だとイルカは思う。
だってここは、愛の巣だ。
カカシの両親もそうなのだが、自分達、少なくともイルカにとっては、ここは誰にも邪魔されない、カカシと自分しか存在しない閉ざされた場所なのだから。
ここに訪れカカシを待てば、必ず間を置かずにカカシが来て抱きしめてくれる。
自分達以外存在しない、密閉空間。
「この坪庭が気に入ってるってのもあるんだけどな」
苦笑し見遣るのは、今は開け放たれた格子戸の向こうに存在する、四季の花が植えられた坪庭。
今の季節は寒椿らしく、いまだ残る積雪の上、赤い花弁を身ごと丸々落として、鮮血のような斑点を作っているのが見えた。
花が無くなる冬でも咲き誇る、凛とした赤。
単色の椿は鮮やかな赤を陽光に照り返し、地に落ちても美しさを保っている。
真白い雪に散る赤。
まるでシーツに散った、処女のそれのように見えて、イルカは自分の想像の突飛さに苦笑する。
「なーに笑ってんですか、先生?」
坪庭と部屋を隔てる障子寄り掛かって座り、足を崩して庭を眺めていれば、背後からかかる声。
そして背中を包む体温と、微かに香る香辛料にも似たコロンの香り。
「カカシ先生、お仕事終わったんですか?」
振り返らずに言ったイルカに、カカシは背後から項に口吻けて、吸い付く事で返事としたらしい。
本当は知っている。
自分が来るような時間、医院はもう閉まっている事を。
それでも問いかけてしまうのは、半ば挨拶のような感じがするからだろうか。
「ね、何見て笑っていたのよ? いやらしい」
背後から伸びた節のある長い指が、笑みに模ったイルカの唇をなぞる。
体温の低い指先が触れた瞬間、イルカの背筋に悪寒ににも似た震えが走った。
「んっ…」
「…椿、見てたの?」
「は、い…咲いているのも綺麗だけど、落ちているのも風情があるなと」
「風情?嘘ばっかり、風情であんな笑い方しなーいでしょ」
「あんなって…っん!?」
イルカの唇をなぞる指先が、ゆるりと口内に入り込み、内側の粘膜を擽る。
そしてそのまま深く進み、奥に避難した舌の表面を指の腹でゾロリと揶揄るように撫で上げられた。
「…っぷ…ぅ…」
カカシの指一本に口内が蹂躙され、溢れた唾液が口の端から零れそうになるのを目にし、カカシは背後から抱き込んだ状態のまま顔を寄せて舌を伸ばし、流れる唾液を舐め取った。
チラリと向けられるのはイルカの批難がましい視線。
「キスしたい…?」
耳朶に触れる程近く低い音で意地悪く尋ねれば、結構な力でイルカの口に入れた指を噛まれる反撃に合う。
そんな攻撃すら可愛いと思うカカシは、痛む指先を抜き去り、イルカの体を反転させて彼が望みの通りにキスを仕掛けた。
「は…む…、っ…」
何度繰り返しても息継ぎの仕方が拙いイルカが、初々しくて可愛い。
必死でカカシに縋り、舌を絡め、角度を変えて。
キスの仕方も、情事の手順も、かなりカカシ好みに仕込んでしまったが、自分以外にイルカに触れる存在など、あり得ないのだから構わないだろう。
否、あり得ないと信じたい。
眉根を寄せて縋り付くようにキスを受けるイルカの媚態に、カカシは先程庭を眺めていたイルカの様子を思い出した。
「ふふ…さっきね…」
「は、い…?」
僅かに唇を離した合間、カカシが額を合わせて話しかける。
乱れた呼吸を整え切れず、イルカは弾む吐息のままカカシを見上げた。
「イルカ先生、椿を見ながらね、すっごく色っぽく笑ってたの」
「は…?」
「何、考えてたの?」
背後から抱きしめずには居られない程に艶冶で、それでいて儚い笑みだった。
どこか自嘲を含んだようなその笑みに、奇妙な不安がカカシの中に過ぎったのだ。
誰かに攫われる不安。
再び閉じこめたいと思う願望。
誰にも見せたくない、カカシだけのイルカの表情。
「…いや、えーと、その…」
カカシの不安を知り得ぬイルカは言葉を濁す。
まさか処女の破瓜だとは言い出せず、イルカは口籠もり頬を紅潮させる。
それよりも、自分が色っぽいって何だろうと、首を傾げていれば、カカシの指先が悪戯な仕草で服の下へと潜り込んできた。
「ちょ…!?」
「言えない事?」
「いえ、別に!」
「ふーん」
楽しげな笑みを浮かべてカカシが笑う。
内心、穏やかではない感情を自覚しながら。
不埒な指は止まらず、服の下を這い始め、あまつさえ着衣をはだけさせて外気に晒し始めた。
再び上がり始めた吐息と呼吸に苛まれながら、イルカは降伏し白状する。
白い雪に散る椿を見て何を連想したのかを。
「白い雪に赤が散って…その…、血、みたいだな…と」
「血…?」
「………シーツに散った、血みたいじゃないですか?」
「シーツに、血って、イルカ先生…」
イルカが紡いだ言葉から連想される事に、カカシは思わず驚いた視線をイルカに向けてしまう。
見ればイルカも自分のその発想に羞恥があるのか、困ったように視線を彷徨わせ、顔を背ける。
その剥き出しの耳が赤いのが可愛いと思うのは、自分だけだろうか。
「イルカ先生ったら、むっつり…」
「悪かったですね! 突飛な発想だと、自分でも思ってますから!」
「…に、しても、破瓜の血ってのは…」
可笑しげに笑うカカシの様子にイルカは憮然としてしまう。
だって、【破瓜】と表現するカカシの方が、古めかしい表現な分、妙に淫靡で厭らしい。
以前、雪輪模様の言葉が出た時にも思ったが、カカシの感覚はどうも古い書物で養われた感があるのが感じられるとイルカは思う。
とりあえず何か反論しなければと、首を巡らせ視線をカカシに向ければ、つい今頃まで可笑しげに喉を鳴らして笑っていたカカシの気配が変わったのが判った。
「………?」
視界ギリギリで捕らえたカカシの表情。
それは困ったような、困惑したような。
何かに思い当たり、どうしようと迷っている、そんな表情。
カカシの顔に浮かんだ表情に、イルカは一瞬不安になる。
何か拙いことを言ってしまったのだろうかと、自分を責めそうになった瞬間、カカシが呟いた一言に思考が固まった。
「処女の破瓜って…ゴメンネ、イルカ先生の最初はオレだけど…いっぱい舐めて慣らしたから…血ぃ出なかったもんね?」
確かに、雪に散る赤い椿に、処女の血を連想した自分は突飛だろう。
だがしかし、処女=イルカと連想したカカシには到底敵わないと、イルカはつくづく思ってしまう。
だからカカシに抱き込まれた腕の中、拳を固く握りしめても誰も咎めないだろう。
そしてそれを、振り向き様にカカシの脳天に落としても。
当然、部屋に鈍い音と、カカシの悲鳴がこだましたのは、言うまでも無いだろう。
その後、いつも通りに、閉じた空間で濃密な時間を共有した事も。
【完】
配布時よりも付け足し〜。時間が無くて中途半端で
終わらせちゃってたから…貰ってくれた方々、ゴメンナサイ。
っつても、片手の人数だったりするんですが(汗)
プリンターがトロくてね〜、印刷が間に合わなかったんですよ〜。
ついでに表紙も白黒でした(号泣)頑張ったのにね…。悔しいので、
こっちにはカラー版載せておきます。