「任務なんか受けなくても、イルカ先生の一人くらい余裕で養えますよ」
何かの拍子でカカシさんの口から飛び出した言葉に、一瞬思考が固った。
多分、日々の愚痴かなんかを俺が言っていた時だったと思う。
固まった思考回路が徐々に解され、次に来たのは震えだった。
足下が冷たくなって、血の気が引いた。
貧血状態にも似たその症状に、目眩のオマケまで付いて体が傾いたのを覚えている。
「…それは、忍を止めろと言うことですか…?」
それだけを絞り出す用に口にした。
声が震えなかったのが不思議なくらいに内心パニックを起こしながら、それでも尋ねずにはいられなかった。
「いや、そこまでは流石にね…でも正直、イルカ先生には任務を受けて貰いたくない。アカデミーで子供相手に教鞭振るってんのが、やっぱり『らしい』って感じがするし、
何よりも受付で先生に『お帰りなさい』って行って貰いたい…。
それに、先生には血にまみれて欲しくない」
何て勝手な言い草だろう。
だが、不思議と怒りは湧いて来なかった。
湧いてきたのは、悲しみ。
そして寂しさ。
俺はカカシさんに忍として認識されていなかったのだと、突き付けられた事実。
元々の階級差の問題もあり、同等な関係とは流石に思って居なかったが、今の彼の言葉で愕然とした。
格下どころか、俺はカカシさんにとって守るべき庇護の対象として認識されていたのだ。
恋人という意識ではなく。
好きと言う気持ちが膨れて、愛おしいと思うようになった。
愛おしさが溢れて、体を重ねた。
受け入れるべき器官を持たないのに、求められたという嬉しさだけで、無理矢理体を開いて差し出した。
排泄器官を性器として造り替え、そこに雄の性器を招き入れる屈辱感を押し殺して。
同じ男という性を持ちながら、深く穿たれて満たされる幸福感。
その狭間に生じる葛藤と闘っているギリギリの淵。
そんな、精神の均衡が危うい自分に言われた言葉に、不覚にも心が凍えた。
忍として見られていなかった。
それは今まで生きてきた自分の人生を否定された事と、同意なのだ。
それでもこの希有な上忍を嫌いにはなれない自分が、悲しかった。
体はもとより、心の奥深くまで招き入れてしまったのだ。
今更、自分から切り捨てる事は出来ないだろう。
でも…泣きたいと思う。
鼻の奥がツンと痺れて涙が溢れて来そうになり、咄嗟に歯を食いしばり俯いた。
「イルカ先生?」
俺の態度を訝しむカカシさんの声。
「どうしたの?」と優しく問いかけてくれるのに、自分が放った言葉の残酷さには気付いてくれない。
「…済みません、ちょっと飯の材料で買い忘れがあったので…買ってきますね」
言って俺は立ち上がり、財布を掴んで部屋を後にした。
自分でも不自然すぎる唐突な行動に、カカシさんが俺を呼び止める。
だってもう限界だ。
涙が溢れて顔がグチャグチャになる寸前、何とか誰も居ない場所へと走り、息をつく。
後から後から流れる水と、自分の嗚咽が酷く不快だった。
「お願いです…これ以上、俺を惨めにしないでくださいよ…」
鼻水を啜り、泣き言を呟く。
好きな人に否定された時、どうしたらいいのだろうか。
呟いた届かない言葉は、風に流され虚しく空気に溶け込んだ。
対等でありたいという事を、望む事すら許されない。
ナチュラルに酷い男。