「あれ?」
不意に夜中に目を覚まし、イルカは小首を傾げる。
隣にある温もりが気持ち良いと、無意識に擦り寄りはたと気付いたのだ。
「あれ?」
再び首を傾げる。
腰と背にまとわりつく筋肉質な硬い腕は、確かに男の持ち物で、それがこんなにも心地が良いなんて反則だと、寝ぼけ半分の頭で思いながら。
徐々にクリアになっていく頭が、投げ込まれた疑問を波紋のように広げ、イルカは抱き込まれた体勢のままで思考の海に浸って行く。
── いつからこんな関係になったっけ?
丁度ベッドの上にある窓。
中途半端に閉じられたカーテンの隙間、外の街頭の灯りが自分と相手をぼんやりと照らし出す。
イルカを抱き枕よろしく抱え込み、規則正しい寝息を立てる男の姿。
暗がりに浮かぶのは白っぽい髪──日の下では、至極綺麗な銀の輝きを持つそれ。
閉じられた瞼の下には、青と赤が存在するのを日常的に見ている。
その色合いに、3D眼鏡とか歩行者用信号機を思い出すのは、内緒だが。
色気も無い事を思いながらも、綺麗と思ってしまうのも否めないのは何故だろう。
── ホントにオットコ前だよな、この人…。
眠る男に抱く正直な感想を脳内で呟き、当初の疑問を思い出す。
自分はいつからこの男── はたけカカシと、こんな関係になったのだろうかと。
セックスをする関係にというのでは無く、何時の間にここまでの接近を許したのだろうかと。
だって、隣に居るのが当たり前に感じてしまうのだ。
眠っていても温もりが感じられないと、無意識に横を探ってしまう程に、カカシの存在が当たり前になってしまっている。
最初は煩わしいと思った、寝入りばなにある他人の体温すら、今はこんなにも安心する。
一人で居た時間が長すぎたせいか、イルカは他人の気配に敏感で無意識に他を拒絶する所があった。
当然、他人の気配のせいで眠れず、浅い眠りと覚醒を繰り返していたのだ。
そんな自分の変化に、イルカは驚くしかない。
抱き込まれて深く眠る。傍にある体温に擦り寄る。
慣れなのだろうか?
そう考えて、即座に否定した。
慣れる訳が無い。何しろ共に眠る日常を送る今でも、カカシの腕が自分を抱き込む瞬間、鼓動が跳ねるのだから。
自分の背中に回る腕の存在を、嬉しいと思ってしまうのだから。
「…イルカ先生、眠れないの…?」
不意に、寝起き特有の掠れた声が耳を擽る。
ぼんやりと声の主を見遣れば、いまだ眠りの縁に漂う気配をありありと見せる青赤の目。
かけられた問いかけに答えられずにただカカシを見つめれば、剥き出しの額に唇が寄せられる。
チュと、子供をあやすような可愛らしいキス。
「ね、寝よ…?」
恐らく無意識なのだろう。
イルカを抱き込む腕の力が強くなり、自然とカカシの胸へと頬摺りする形になってしまうが、当の本人はそのまま再び眠りの中へと落ちてしまったらしく、寝息が聞こえる。
そして耳に届くのは、鼓動。
力強く、規則正しいそれに、酷く安心した気分を味わうのだが、如何せん先程与えられた額へのキスで紅潮した頬が熱い。
イルカはそれを誤魔化すように、幾分か温度の低いカカシの胸に頬を寄せる。
── どうしよう…。
裸の体をお互い添わせ、隙間無く寄り添うシーツの中。
イルカはカカシの背へと片手を回して、更に密着してみる。
汗ばんだ肌の感触すら気持ち良いと思ってしまう自分の変化に、正直戸惑いを感じながら。
── どうしよう…幸せ、だよな…これ。
当たり前のように隣に居て、当たり前のように抱き締めてくれる存在。
そしてそれを煩わしく思わない自分。
いつからなんて愚問だったと、イルカは自分を包む体温に浸りながら眠りに引き込まれる間際で思う。
ここにカカシが居る事実が、幸せだから。
── ま、良っか…。
眠りに落ちる瞬間、そんな言葉を思考に散らして、後はゆっくりと包み込むような眠りの気配に身を任せる。
窓から差し込む外からの灯りの下、2人分の寝息がシーツの中に溶けるまで、さほど時間はかからなかった。
…「深海真珠」の続きっぽい…。
そんな意図は無かったのに(笑)
この翌朝、ベッドの下にカカシ先生が落ちていると、笑えるんだけどな〜。
寝相の悪いイルカ先生に蹴落とされて。
ここ数日、違う話を打ってたんですけどね、
煮詰まったので、サラリとしたものを書きたくなったんです。