…で?




ぷかり、と。
天井目掛けてたゆとう紫煙を視線で追い、続けてその揺らぎを掻き混ぜるように新たな煙を吐く。
きつく噛み締めたフィルターの感触に眉を顰め、吸い込む度に小さく灯るオレンジの先端、それを目の前の男の肌に押し付けたい衝動に駆られた。
ひとくち、ふたくち。
一呼吸、双呼吸。
部屋は白く染まるが、肺は黒く染まるだろう。
視界を覆い始めた白い軌道を眺めた後、イルカは視線を下へと降ろし、ベッドに座った姿勢のまま目を眇めた。

「・・・・・・・・・・で?」

意図とせず低い掠れた声が出た事に、イルカは呆れる。
咽が引きつるように痛み、粘膜同士が引っ付きそうな感覚。
声が掠れたのは、散々忙しない呼吸を繰り返し、声を上げたからだと理解し、舌打ちしたい気分になった。
喘いだ訳じゃない、呻いたのだ。
当然、痛みで。
忌々しいという表情を全面に表し、イルカは不機嫌に煙草を噴かして、目の前の男を睨め付ける。
階級を省みれば、叱責を免れない不遜な態度で。
ベッド横の床に正座で座る、はたけカカシその人を睨み付けた。

「う…」

俯いたままでイルカに視線を向けようとしない姿に、紛れもない後悔が見て取れ、更に舌打ちしたくなる。
言い訳にしろ何にしろ、一言も喋らず俯くだけではどうにもならないのだ。
酔った勢いとはよく言ったものだと、イルカ眉間に皺を刻み煙草を噴かす。
ぷかりぷかりと浮かぶ煙の様に、現実逃避をしたくなるがそうも行かないだろう。
目の前にこうも目立つ、現実が座っていれば。
暗部出の上忍が、あんなに酒に弱くてどうするとイルカが無意識に溜息を吐くと、目の前のカカシの肩がビクリと揺れるのが見えた。
傍目から見ても親しいと言えるだろう知り合い。
給料日前のいう事も手伝って、イルカの家で飲む事になったまでは良かったのだ。
問題は、酔った上忍のその酔いの性質の悪さ。
まさか、押し倒された挙げ句、一言も無しに勢いのまま突っ込まれるとは思いもしなかった。
トロンとした色違いの眼差しで見つめられ、一瞬見惚れたのがそもそもの間違い。
下位をペロリと剥かれてから暴れた自分は、どうにも鈍かったと今更ながらに歯噛みするしか無かった。
ギリっと噛んだ煙草は、長く灰を作り、フィルターに差し掛かるのもあと少し。
イルカはベッドサイドの灰皿に、腹立ち紛れにそれを押し付け、揉み消す。
指先に熱さが走ったが、あえて感じないフリをした。
体の痛みも同様に。
そして新たな煙草を箱から取り出し、火を付ける。
吸い込み、吐く。
そんな所作を繰り返しても目の前のカカシは微動だにしないのに、更に苛立ちを感じた。

「どういうつもりかと俺は聞いてるんですよ、はたけ上忍?」
「…」
「いきなり襲いかかるわ、突っ込むわ、合意も無しにやらかしたんですから、これは明らかに強姦になりますよ?」
「………はい」

多少威圧的になったのは仕方ないだろうが、目の前で項垂れる上忍の姿に溜息をつくしか無かった。
溜息と共に浮かぶ紫煙。
これ以上問いつめた所で、カカシが何かを口にするとは思えなかった。
だからイルカはこの間抜けな空間に終止符を打とうと、煙草を銜えたまま無造作に立ち上がる。

「ま、良いです」

途端、弾かれたように顔を上げるカカシ。
その姿を視界に入れぬようにしながら、イルカは彼の前を大股に横切ろうとした。
瞬間、腕が掴まれ、引き留められた。
何時の間に立ち上がったのか、カカシがイルカの腕を掴みその場に留まらせたのだ。

「…ぅ」

思わぬ行動で上半身が捻られ、その衝動で後腔が緩む。
太腿に流れる粘液の感触に、イルカは思わず呻きと共に顔を顰めた。
散々中出しされた白濁。
何回出されたか等、数える余裕などありはしなかった性交。
否、あれは性交ではありえない、ただの捌け口。
ただ闇雲に突っ込まれて出された。
それだけの行為。
イルカは敏感な内股を伝う感触に、唇を噛み締め俯く。

「イ、ルカせんせ…?」

顰められたイルカの表情を目にして、初めてカカシは視線を降ろし、その白濁の筋に目を瞠った。
自分が出した情欲の証を目の当たりにして。
健康的に引き締まった臀部から内股、そして膝を通って筋の綺麗に張った脹ら脛へと流れる、粘液の軌跡。
床に滴るのは時間の問題で、イルカは掴まれた腕を力任せに振り払い、噛んだ煙草を指に移してカカシを睨め付けた。

「ご覧の通りですよ…俺は風呂に入ります」

眇めた目に映るのは、情けなくも狼狽えた上忍の姿。
自分の欲を叩き付けておいて、何てツラだと忌々しく思う自分は間違っていないとイルカは思う。
苛立ち紛れに煙草を一口吸い込み、吐き出す煙をカカシへと吹きかけ断言する。

「そのツラ、見たく無いんで、とっとと帰ってください」
「…っ!」
「俺は風呂に入ります、その間にさっさと出てけ」
「…でも!」
「謝罪はいらねぇ。俺はアンタの痕跡をさっさと流したいんですよ、はたけ上忍」

目線ひとつ分、見上げる姿勢で睨め付ければ、カカシの顔がクシャリと歪んだ。
今にも泣き出しそうなその表情に後ろ髪を引かれつつも、イルカは気合いとプライドでしっかりとした足取りを印象づける。
今にも崩れそうになる膝を叱咤して。
自分を良いように扱った人間の前で、弱った部分など見せたくは無かった。
それがカカシであるのならば、余計に。

「イルカ先生…」

小さく呼ばれたのは聞こえたが、イルカはあえて聞こえないフリを決め込んで、浴室のドアを開ける。
そしてそのまま逃げ込んだ。
小さな一人だけの空間に。







「バッカ野郎が…」

乾燥したタイル張りの空間に足を踏み入れ、イルカは呟き膝を崩した。
ズルズルと座り込んだ途端に、後腔からは精液が大量に溢れ出し、冷たいタイルへと液溜まりを作る。
無駄打ちされて死滅した種。
流れるそれを目にし、孕めない自分の体を残念に思った。
だって孕んだら、責任を取れと、あの男に迫る事が出来る権利を得られるのだ。

「ホント、俺も馬鹿だ…」

覚束無い指先を伸ばし、浴槽へとシャワーから水を溜めた。
1センチ、2センチと溜まる水流をぼんやりと眺めて居れば、部屋でカカシが動く気配がした。
湿気る煙草を床へと投げ捨てれば、僅かに跳ねた水がその火種を消す音が、やけに大きく耳に届いた。
ほんの数センチ溜まったダケの湯船に、浴槽を跨いで腰を下ろせば、流れた精液が霧散する。
バタバタと慌ただしく動く気配は、恐らくカカシが服を着込んでこの部屋を出ていくもので。
浴槽に座り込んだイルカは、頭上から落ちるシャワーの下、知らず涙を流した。
言い訳もしない。
イルカに言われたまま、何も言わずに出ていくカカシ。
蹲り、膝を抱え、イルカは寂しさを耐える。
言い訳も出来ない男に、腹がたった。
ざぁっとシャワーの音だけがイルカの世界を覆ってくれる。
今なら泣いても構わないだろうか。
嗚咽を零しても、水音が全てを遮ってくれるから。
足音が浴室の前を横切り、イルカは更に深く膝を抱えて、小さく蹲る。
さっさと去って欲しい。
でも、行かないで欲しい。
相反する想いが頭の中を支配する。
それでも足音は玄関まで辿り着き、ドアを開ける音が聞こえた。
ああ、とイルカは諦めを持って目を閉じる。
カンカンカンと安普請なアパートの階段を下りる音、そして遠ざかる気配。

「ホント、馬鹿みてぇ…」

呟きはシャワーの音に掻き消され、浴室の湿気に溶けて消えた。
何を期待していたのだろう、自分は。
降り注ぐ水に流れる前髪を掻き上げ視線を巡らせれば、床に投げ捨てた煙草が見えた。
湿気を吸い込んでグシャリと膨れた、醜い物体。
所詮は消耗品。
煙草も、そして自分も。

「……ぅ…く…」

温度調節していない温い水が、腰元まで辿り着き、落ちた涙が波紋を作る。
蹲り、泣く自分が情け無いと思った。
泣くのは、諦めきれないから。
割り切れないから。
だって、あんな酷い事をされた今も、嫌いにはなれないのだ、自分は。


今更、好きだなんて言えない。


酔った眼差しでも、強く見つめられて心臓が跳ねた。
押し倒されて、見とれた。
深く穿たれて、痛みしか感じなかったのに、一瞬でも満たされてしまった。
何か、一言でも言ってくれたら、許したのだ、自分は。
だけど、何も言わなかったカカシに、想いを打ち砕かれた。
許す術を失ってしまった。
だから、泣いて忘れるしか無いだろう。
少しの間は普通に接せ無いかもしれない。
顔を見れば泣き出してしまうかもしれないから。

と、膝を抱え蹲っていたら、思いも寄らない気配が近付いてくるのに気付いた。
酷く焦った感じで、足早に。
気配の主はカカシに間違い無いのだが、何か忘れ物でもしたのだろうか、今出ていったばかりだというのに、一直線にこの部屋を目指しているように感じる。
去った時を巻き戻すかのように、カンカンカンと階段を音を立てて昇る音、そして玄関の戸を開く音。
イルカがそこまで感知した途端、玄関脇のこの浴室の扉が、勢いよく開いた。
あまりの出来事に呆然とした面持ちでそちらを見れば、珍しく息急ききったカカシの姿がそこにあった。
肩を上下させて、全力で戻って来たらしい姿に、イルカは思わずパカンと口を開け、瞠目する。

「あの…っ」

息を弾ませて咳き込むカカシが、言葉を紡ぎかけて息が続かず、忙しなく息継ぎをする。
やがて邪魔だとばかりに口布を下げ、シャワーの下で蹲るイルカを見つめて、途切れ途切れに言うのだ。

「言い、忘れて、まし、た…」

あれだけ黙りを通して、何を言い忘れたのだろうと、イルカは呆然としたままカカシを見つめる。
酷い言葉で無ければ良いなと、ぼんやりと思いながら。


「イルカ先生、好きですッ!!」


水音でも掻き消す事の出来ない、大響音。
狭い浴室に響く声。
恐らく、隣近所にも筒抜けなその声に、イルカの思考は真っ白に染まった。

「は・・・・・・・・・?」

予想もしなかった言葉に、イルカは咄嗟に反応できなかった。
あまりの事に先程までとは違う意味で呆然としていたら、カカシの顔が真っ赤に染まるのが見えた。
下から上に。
まるで温度計のようにそれは見事に赤く染まる様は、ぼんやりとした思考で眺めてても、感嘆できる可笑しげな光景だった。

「あの…スミマセン、それだけは言いたかったんで、その…お邪魔しました…」

尻すぼみに言いながら、カカシは頭を下げる。
ちょっと待て。
そう言いたかったが、麻痺した思考はなかなか元には戻らない。
イルカが呆然としている内に、カカシはワタワタと慌てた様子で浴室の戸を閉め、玄関の戸を閉め、再度去っていってしまった。
我に返ったイルカが言われた内容を理解したのは、シャワーで溜めた水が胸元にまで溜まった頃。

「え〜っと…」

取り繕うように呟いてみても、元凶は既にここには居ない。
反芻し、自分の流した涙が無駄だったと知って、イルカは苦笑するしか無かった。
だって、もしかしなくても両思い。

「…うわ、もしかして、タナボタとか」

思い至って恥ずかしくなるが、やっと落ち着きを取り戻して出しっぱなしのシャワーを止める。
何を思って襲われたのか判らなくて悲しかった。
だけど言葉を貰ってしまった今、一気に思考はプラス思考へと傾いてしまった。
それでも許せる事と許せない事は存在するが。

「順序を間違ったお馬鹿さんに、ちょっと位報復しても、バチは当たんねぇよな…?」

本当は一言でもあったなら許そうと思っていたのだが、言われてしまったからには少しの意地悪はご愛敬だろうとイルカはほくそ笑む。
何せ、今の自分の立場は被害者だ。
ほんの少しだけ優位に立たせて貰っても、罰は当たらないだろう。
告白も、それらしい言葉も寄越さずに襲いかかってきた、馬鹿な男。
酷い扱いを受けても尚、嫌いになれなかった自分。

「明日からが楽しみだ」

先程流した涙はどこへやら。
イルカは唇を楽しそうに吊り上げ、明日からの行動を考える。
せいぜい振り回してやろうと。
そう遠くはない未来に、きちんと自分も好きだと告げてやろうと。
その時のカカシの反応を楽しみに、痛む腰を宥め苦笑しながら立ち上がった。
とりあえず、勿体無いがカカシの痕跡を流してしまわないと、自分は今よりも酷い目に会うのだから。
流して、それでもカカシが自分の体に触れた感触を思い出して、明日に備えよう。
馬鹿で可愛い男と、明るい未来を迎える為に。

文章目次

箸休めというか、私の息抜きの話。
某Yさんのサイトでスレイルの思考が云々と言うのを拝見し、
ちょっと書いてみたくなったんですが、
どうにもスレイルになりきれない。
そんなに好きか!? 上忍が!という結果に終わり、
打ち拉がれました。
何故かスレの相手は自動的にヘタレに…しかもチェリーくさいよ、
このカカシ先生…(涙)
楽しかったのは私だけ。