どっこいしょ。
もしくは、よっこいしょ。
イルカ先生はかけ声のようにその言葉を口にする。
立ち上がる時や座る時は当たり前で、物の上げ下げ等にも使う。
何らかの動作をする際には必ず。
時には「どっこい!」で止め、自分の中で「しょ」をつける為、周囲は胡乱な目で彼を見る。
掛け声と化した、イルカ先生の口癖。
だけどね、まさかこんな時までその口癖を使われるとは思ってもいなかった。
イルカ先生は、普段の彼のイメージとは裏腹に、閨に関してはリベラルだった。
男同士という垣根に対しての抵抗も少なく、かと言って過去に同性と付き合った事は無いと言う。
未知の世界に臨む筈なのに、あっさりと彼は自分と交際を始めてくれた。
リベラルと言うよりも、無頓着。
まぁ、僅かなりとも好意があったから、自分の告白に頷いてくれたのだとは判っているが、いざ「はい、お付き合いしましょう」と返答された時は、あまりのアッサリハッキリしたそれに、コチラが拍子抜けしたのを覚えている。
そんな状態での交際初期、待ち合わせ→手を繋ぐは順調で、最初のキスにも躊躇いや戸惑いは無かった。
当然、照れはあったけどね──それはお互い様だし。
そこから徐々にステップアップして、偶には指を絡める恋人繋ぎをしてみたり、交わす口付けが深くなったり。
ただし、流石に最初の壁にぶつかった時は、お互いどうしようと戸惑った。
うん、セックス。
触りっこじゃなくて、挿入を伴うセックスをしたのは、手を初めて繋いだ日から優に一ヶ月は経過してたと思う。
唾液を混じり合わせる深いキスを交わしながら、お互いの体を触り、確かめ、性器を愛撫し合うのに慣れた頃。
「ぅおりゃッ!」
そんな掛け声と共に、ベッドに押し倒された。
ここで言っておきたいのは、イルカ先生の掛け声云々ではなく、特筆すべきはそのタイミング。
二人でベッドに座って、イチャイチャとキスしてる最中に、いきなりだった。
こっちもそろそろ押し倒そうかな〜なんて心の中で画策している最中だったから、心底驚いた。
だって、できればイルカ先生を抱きたいし、そう思ってた対象に押し倒されるなんて、欠片程も思ってなかったから。
そうだよね、イルカ先生だって男だもんね。
オツキアイしている人間と肉欲込みの関係で、まさか押し倒されるなんて思ってなかっただろうし。
でも、ここは譲れないとばかりに、オレも反撃に転じた訳。
オレにとってラッキーだった事は、イルカ先生が存外、快楽に弱かったってコト。
押し倒された体勢のまま引き寄せて、これでもか! って位に濃厚なキスをかました。
驚いて固まった舌を絡め、吸い、甘噛みして唾液を啜り、閉じられなくなった顎をそっと固定して、歯列や口蓋を擽って。
思いつく限りのテクを駆使して、攻略にあたりましたとも。
次第にトロンと潤むイルカ先生の目を見て、行けると判断して体勢を反転させた。
真っ赤に熟れたような頬が可愛いと思いながらも、潤んだ目で見上げられたら、なけなしの理性が吹っ飛んだ。
キスの余韻で唾液に塗れた半開きの唇から、チラリと覗く舌が扇情的で。
正直、この時イルカ先生は、自分が押し倒された状態に居るってコトを、理解していなかったと思う。
それでも欲望は止められず、火照って赤いイルカ先生の頬を掌で包んで、「このまま、良い…?」と僅かに残る理性で尋ねた。
「……ん」
もしかしたら、オレの両手に頬を包まれたコトへの反応だったのかもしれない。
小さく頷いくような仕草で、自分の頬を包む掌に擦り寄ってくれた。
そこから先は、もう雪崩のようにコトを進めた。
とにかく、イルカ先生が我に返る前に、既成事実を作らなければと、S級任務以上の集中力と、今まで感じたコトの無い情熱で、自分の持ちうる全てを使って頑張った。
それでまあ何とか無事に合体を果たした。
あの時の自分を、心底褒めたい。良くやった、オレ! って。
夜の役割が固定された今、あの時のコトを振り返ると、やはり罪悪感を感じるけど。
そして、付き合いが進むにつけ、イルカ先生の色々な面を知った。
熱血漢だけど、実はどこか醒めていて、大雑把な癖に妙な部分には拘りを見せる。
鼻傷を掻く癖や、自宅で寛ぐときの自堕落さ加減──そして、口癖。
初めて耳にした時は、その微妙なオッサン臭さに呆れつつもイルカ先生らしいと苦笑したし、そんな部分も可愛いと思った。
否、今でも可愛いと思ってる。
職員室で自分の席から立ち上がる時、物を持ち上げる時、重い荷物を両手に抱えた状態で上る、もしくは降りる階段の一段目。
挙げ句は、机に設えられているキャビネットを開ける時、閉める時。
普段の動作は『どっこいしょ』、そこに勢いを付けたい時は『ぅおりゃッ!』。
ああ、それがデフォルトなんだ…とちょっと遠い目をしたけど、らしいなと苦笑して終わった。
でもね〜、まさかあんな場面でも使われるとは、思っても見なかった訳よ。
深いところで繋がり合うセックスに慣れた頃、前から、後ろから、足を大きく広げて真上からと、体位や角度を変えて色々試みた。
男同士だからと、結合が深くなる騎乗位は後回しにしていて、そろそろイルカ先生も後ろでの快楽に慣れて来た頃だろうと踏み、誘った。
「ね…イルカ先生、上に乗ってみませんか?」
1ラウンドを終わらせ、忙しない息を繰り返すイルカ先生に囁く。
最初の日と同じに、真っ赤に紅潮した頬と潤んだ黒い目が、イルカ先生の体内に残ったままの萎えた性器を膨張させた。
中途半端に勃ち上がったそれを、緩い抽挿で完全に臨戦状態にして引き抜く。
「ぁ…ん…ッ」
艶めかしい小さな喘ぎは、吐息混じりに物足りなさを含んでいた。
そのまま再び突き込みたいのを我慢し、イルカ先生の横に仰向けに転がる。
勃起した己の性器は間抜け極まり無いが、あえてその存在を誇示するかのように扱き、イルカ先生の視線を誘う。
「ほら、おいで…」
期待に掠れた声になったが、イルカ先生は気にも止めず、先垂れを流すオレの性器をじっと見詰めていた。
視線を感じながら、自慰のように手を動かす。
無意識だろう、小さく喉が鳴ったのが聞こえた。
そして、イルカ先生が気怠い仕草で身を起こす。
膝でオレの横までにじり寄り……。
「……どっこいしょ」
まさか、ここでその掛け声を聞くとは思ってもみなかった。
うん、イルカ先生は無意識だよね、無意識だから口癖って出るんですよね。
自分の掌の中で、臨戦態勢だった筈の性器が、半分萎えたのはオレだけの秘密。
折角乗っかってくれたイルカ先生に気付かれ無いように、頑張って回復させましたとも。
まあ、頑張って騎乗位にチャレンジしてくれたイルカ先生は、この上無くイヤラシクて、可愛かった。
今日も、イルカ先生が何かを運んでいる。
毎日忙しなく廊下を行き来している姿を見かける度に、働き者だなと感心しつつ、その姿を観察してしまう。
両手で抱えた何かの資料。
紙って意外と重いと以前聞いたので、お手伝いしようと近寄った。
足下に、けっこうな範囲で配線が何本も横たわっているのを、きっと跨いで行こうとしたんだろう。
いつもの掛け声が聞こえるなと予想しつつ、1歩踏み出したその時だった。
「うんとこ、どっこいしょ」
一瞬、倒れそうになった。
どうしよう、いつの間にかイルカ先生の口癖がバージョンアップしてる。
てか、「うんとこ」って何ですかー?
どこから出てきたんですか!?
付き合い初めて数ヶ月、イルカ先生の事ならある程度理解出来たと思ったオレだけど、まだまだイルカ先生は奥深い。
もうトコトンまで観察するしか無いよね。
とりあえず、今はその荷物を持つのを手伝いますよ〜!
日記から移動サルベージ。