今更そんな事言うのは、どの口だ。




長続きしない人だと、噂では聞いていた。
束縛が何よりも嫌いで。
行動に口出しをされるのも嫌だと、以前本人が言っていたのを耳にした。
だから、自分を押し殺して、いつ彼が自分に見切りを付けてしまうのかと、酷く脅えながら今日まで来た。
なのに──。


「イルカ先生って、本当にオレのコト好きなの?」


唐突に言われた台詞に呆然となった。
こんなにも好きで、好きすぎて身動きが出来ない状態なのに、どうしてそんな事を問われるのかが理解できない。


「だってさ、オレが浮気しても詰りも怒りもしないし…そりゃ、好きって言葉は言ってくれるけど、先生、オレに何も求めてくれないじゃない」


鈍器で頭を殴られた位の、否、それ以上の衝撃だった。
まさかそんなセリフを言われるとは、思ってもいなかった。
だってカカシ本人が過去に口にしたのを、今でも鮮明に覚えている。
あれはまだ飲み友達だった頃、酔いの雰囲気に任せて世間話の流れで。


束縛されるのは嫌い。
行動を制限されるのも嫌い。
私と任務、どっちが大切なの? とか、忍犬よりも私を構ってよ、なんて言葉は正直ヒクよね。


恋愛話の流れでの言葉。
きっとカカシ本人は、何気ない言葉のつもりで口にしたのだろうそれらのセリフ。
だけどイルカは、しっかりと耳に留め、胸に刻んだ。
その頃からカカシの事が好きだったから。
だから、その頃からカカシの厭う事はしないし、話題にもしなかった。
とにかく必死だった。
なのに、今更になってそのセリフ。
これまでの自分の我慢や努力は一体何だったのか。


本当にオレのコト好きなの? ── 好き過ぎな自分は、いっそ馬鹿だと思う。
現に、カカシの言葉を、脳がしっかりと理解した今、様々な感情がイルカの中に渦巻いたのだから。
驚愕、怒り、諦め。
あまりに激しい感情の渦は、嵐のようにイルカの中を巡り、行き場を無くして飽和寸前に陥っている。


「え、ちょっと…イルカ先生!?」


焦りを含んだカカシの声に、イルカは黙って視線を向ける。
そこにあったのは、驚きを露わに自分を見詰めるカカシの姿。
伸ばされた彼の指が頬を拭い、その指が濡れている事で、初めて自分が泣いている事に気付いた。
飽和した感情が、出口を涙腺に決めたらしく、嗚咽さえ漏らさずにただ涙だけが頬を濡らす。


「泣かないでよ…」


優しい仕草で、カカシの両掌がイルカの頬を包み、親指が目尻を拭うのに、涙は止まる気配を見せない。
困惑したようなカカシの姿を、イルカは瞬きもせずじっと見詰める。
きっとカカシには判らない。
どうしてイルカが泣いたのか。
その理由など、絶対に思いつかないだろう。
泣き止まない自分の対処に困ったカカシが、ぎゅっと抱き締めてくれる体温に包まれイルカは小さく吐息を漏らす。


どうしようもないと判っていながら、好きなんだから諦めるしか無い。
嫌われたくないし、離れたくない。
末期だと自覚しながら、きっと今までと同じく自分の感情は後回しにしてしまうだろう。
そして近い未来に、涙で済まない位の感情の嵐に見舞われるだろうか。


脳で処理できない位に飽和した感情の嵐に見舞われたその時、カカシは自分の隣に居るのだろうか。
居てくれれば良いと、願わずには居られなかった。

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日記から移動サルベージ。
いつもながらに、望む前に諦める諦観イルカです。
私が書くと、受キャラが、諦め後ろ向き思考と、深爪が基本設定になってしまう…。