sss ≒ memo.

【 トラップマニア。】 ... #09

── 真っ黒いカタマリが動いてる。

それが初対面での正直な感想だった。
本気で人間とは思わなかった。
黒い土塊がヒョコヒョコと歩いている。そんな印象。

「あ、おつかれさまです」

不意に黒い塊がペコリと会釈して、そう声を発した時には度肝を抜かれた。
多分、口であろう部分から、キレイに揃った白いものが見える。

── ええと、歯、かな…?

「どうかなさいましたか?」

声と共に人型の塊の頂点が小さく傾いだ。
これは、もしかしなくとも小首を傾げてるのだろうかと、カカシは考える。

── 人間、なんだろうな…多分。

しかしとカカシは思い直した。
普通の人間は、今の自分には話しかけたりするだろうかと。
なにせ暗部装束に、左目部分に亀裂の山犬の面。
それを意味するものを知らぬ忍びは、死に等しい。

「あの…?」

黙りこくって思案に暮れたカカシを訝しみ、塊は下から伺うように見上げて来る。
視線はほんの少しだけ下。
数センチの身長差。

「あ〜、アンタ、人間?」


---------------------------------------------------------
・・・と、ここまで考えて煮詰まってこれも放置。

【無題。】 ... #10

意外と思われるのが常なのだが、オレは里の中枢、しかもかなり深い位置まで踏み込むことを許されていたりする。
立場と言う立場、階級ではないのだが、色々な都合を考え上には上らないつもりだった。
ただの中忍。
アカデミー教師。
受付嬢。
好きに呼べばいい。
それらもまさにオレであって、嘘ではないのだから。

内勤として滅多に里外へは赴かず、里の常駐として勤務する。
里の外に出ると、実はかなり拙いのだ。
オレの実力としては、中忍の上の真ん中位。
特出した能力は無いが、全てにおいてバランスを保ち、満遍なく視界を広げれる為、1個中隊から大隊の隊長を拝命できる。

写輪眼の愛人。
また新たな隠れ蓑に、ひっそりと笑いが漏れた。

【清。】 ... #11

0 - -

はたけカカシが妻を娶ったと里に噂が流れた。
里外れのの一軒家、うち捨てられた古い家屋を購入して妻を迎え入れたと。
黒髪の妻は美しい訳でもなく凡庸で、更には石女であるらしい。
それを承知で、里の至宝は彼女を娶ったと言うのだ。


彼女以外に要らない。


そうカカシに言わしめた女の存在。
里の中は色めき立った。
次代を繋がぬと宣言したカカシに、上層部は詰め寄るが結果徒労に終わる。


オレの子が欲しいなら、種はくれてやる。
だが実らせるのは、自分と彼女が死んだ後だ。


そこまで言われては引き下がるしかない。
石女の妻を持ったカカシは、花を摘む手をピタリと止め、その執心振りを知らしめる。
家に囲い、外に出さずに愛でる花。
誰もカカシの妻の姿を知らない。
人となりも、噂には上らない。
ただ、名前だけが細波のように広がり、人々の記憶に沈み込んだ。

清。

「清」一文字で「すがや」と読むその名を、里はカカシの伴侶として記録した。
その名が誰を示すのかも知らずに。
過去に同じ名があった事など、知らずに。

そしてあまりにも衝撃的なカカシの婚姻に里が色めき立ち、中忍が1人姿を消した事など、気付きもしなかった。




1 - -

里内がカカシを遠巻きに噂する中、飄々とした態度を崩さずに酷く浮かれるという器用な真似を、カカシはしていた。
いつも通りに猫背に背を曲げ、片手にはいかがわしい例の本。
だが、見るものが見れば、その足取りが異様に軽いのが判ってしまう。


── ああ、新婚だから…。


気付いた一握りの人間達は、呆れつつもその姿を遠巻きにして頷く。
では、あの噂は本当なのだと。
カカシが妻を娶り、更にはその妻を外にも出さず、人目に触れさせずに大事にしているのだと。
噂は噂を呼び、どんどん誇張されて広がっていく。
それこそ、面白い程に。


里の外れに位置する古い家。
一見、平屋建てに見えるその家が、カカシの新居といわれるものだった。
毎日、任務が終了すると同時に、カカシはイソイソと帰途につく。
それがDランクの下忍でも、暗殺任務でも変わらずに。
土塗れも、血塗れも変わらず迎え入れる彼の妻。
当たり前だろう、現在、表だった任務はしていないとはいえ、歴とした忍なのだから。


寝室に入れば目の前にあった光景に思わず笑みが湧く。
低く広いベッドの上、読みかけの巻物を四方八方に散らかしたままで眠りに落ちてしまったらしい姿があって。
忍服ではない簡素な服の上から染めの入った着物を羽織り、中途半端な長さの黒髪を頬に纏わせて眠る顔は、
普段のその人よりも幼く見えた。
そんな姿に、カカシは微笑みながらそっと近づく。
静かにベッドへと腰を預けて寝顔を覗き込めば、口の端に涎の跡が見て取れる。
自分の匂いが染み込んだ寝具の上でくつろいでいる様が、酷く嬉しく愛おしい。
周りに散乱した読みかけの巻物を無造作に押しやって、カカシは覗き込んだ寝顔の頬をプニプニと指先で突く。
張りのある肌の弾力が指先を弾き、その感触にカカシの相好がだらしなく崩れた。
そして口布を降ろして、眠る人物の耳に囁く。

「着物が皺になりますよ〜、『奥さん』…」

発した声音のあまりの柔らかさに、自分でも笑ってしまう。
目の前で眠る人物が自分の傍に居る経緯はどうあれ、幸せなのだから仕方ない。

「ん…」

僅かに身じろぎを見せながらも中々起きない寝汚さに、微笑ましい気分になるのだから終わってるとカカシは思う。
ここ最近、眠る時間が少なかったこの人を起こすのは忍びない。
だが、三食をきっちり食べる人だから、今起こさなければきっと後でどやされる。
生活サイクルまで尻に敷かれている自分の現状を振り返り、苦笑するしかない。
尻に敷かれるこの生活が嬉しいのだから、末期だなと。
そして、紛れもなく幸せなのだ。
例え仮初めの生活だとて、幸せな事には変わりない。

「便乗、タナボタだ〜けどね」

「な、にが…タナボタなん、ですか…?」
寝起きの嗄れた声が下から聞こえ、カカシは相好を崩した顔のままそちらへと視線を向ける。
何度か目を瞬かせ、横向きだった体勢を一端俯せて肘を付いて上体を起こし、顔に掛かった黒髪を鬱陶し気にかき上げる。
そして大欠伸をひとつすれば、自然と浮いた涙を拭おうと拳で強く目を擦る。
そんな粗野な仕草に、カカシは魅了される自分を感じた。
今は見慣れた降ろした髪にも、共に暮らし始めた当初は当惑しながらも見惚れたのを思い出す。
「擦ると赤くなっちゃいますよ〜、おはようございます」
擦する拳をやんわりと掴んで目尻にキスを落とせば、擽ったさに瞬きはすれども拒絶の反応は皆無。
気を良くしたカカシは、頬にも軽いキスをし、そのまま唇にも口付ける。
「ん…」
首を傾げて受け入れてくれた相手の仕草に名残惜しさを感じつつ解放すれば、うっすらと赤くなった頬が見えた。
艶やで滑らか。
その辺の女には劣りはしない張り。
「うたた寝は良いですけど、着物、皺になっちゃいますよ〜」
いまだ半分寝ているような相手に、カカシは笑いを含みながらも告げる。
黒地の裾に華やかな赤い花が咲いた、意匠の作品。
染めに加えて施された金古色の刺繍が、更なる彩りの深さを織りなすそれ。
この人に似合うだろうと、カカシ自らが購入した逸品だった。
「あ、スミマセン…折角頂いたものなのに」
恐縮する様子で咄嗟に身を起こして、着物を整える姿。
「や、こんなもの幾らでも買ってあげますけどね…気にするでしょ、アナタは」
「う…貧乏性なもので」
皺になりかけた着物を但し、簡素な洋服の上に羽織り直して居住まいを正す姿。
貧乏性と殊更萎縮して縮こまる相手の彼方此方にに散った黒髪を、カカシは空いた手で梳いてやり合間に小さな口づけを落とす。
擽ったげに身を捩る相手を捕まえ、カカシは耳元に声を吹き込んだ。
揶揄いの音を含みながらも、真摯な気持ちが入った言葉を。
「そんなトコも好きですよ〜」
言えば困ったように笑う相手。
長めの前髪をかき上げて額を寄せて間近で微笑む二人の姿は、仲睦まじい恋人のようで。
甘い雰囲気に、周りに人が居たならば早々に退散したであろう空気。
カカシと彼の妻は額を会わせた状態でクスクスと笑い合う。
それは微笑ましい光景からは想像もできない、共犯者の笑みだった。


「ね、イルカ先生?」


カカシは揶揄るように相手の名を呼ぶ。
この人が確かにここに居るのを確認するかのように。





額を合わせて呼びかけられ、くすりとイルカが笑う。
カカシが娶った筈の女の姿は家の何処にも無く、うみのイルカが家主の腕の中に居る。
男である筈のイルカが、である。
カカシに贈られたという着物を当然のように羽織り、明らかに夫婦用であろうベッドでうたた寝する。
『清』と呼ばれる女は咎めない。
否、咎める事は無いだろう。


何故なら、『清』=イルカなのだから。


「何か、凄い噂になってますよ〜『奥さん』」
姿を見せないが為に噂が先走り、尾ひれがついてしまった状況をカカシは揶揄う。
腕にイルカの体を抱き込んで。
「知ったこっちゃ無いですよ、『旦那様』」
大人しくカカシに抱き込まれながら、イルカも揶揄うように返す。
指先でさり気なく着物の裾を伸ばしながら。
「うわ〜! 何か感動しますねッ、アナタに『旦那様』なんてその声で呼ばれると」
「…」
「何ですか、その目は。名実共に夫婦なんですよ、俺達」
途端、イルカの溜息。
何が悲しくて妻呼ばわり。
紛れもない男である自身を振り返り、今の立場に居たたまれなくなるのは否めない。
元々恋人という立場ではあったが、まさか妻にされるなど露程も思わなかった。
「茶番劇ですけどね…」
「茶番でも良いんです。アナタがオレの元に居るだけで」
頬摺りするカカシに、イルカはされるがままにその腕に収まる。
目の前でふさふさと揺れる、白銀の髪。
それを一房摘んで引っ張れば、自然に唇が落ちてきた。
何度か啄むように交わされて離れた隙間、再度イルカは溜息をついて呟いた。
「まったく、俺を匿うのに戸籍を汚すなんて」
「汚すって何ですかッ! 未来永劫空欄予定だった部分に、ちょ〜っと名前を書き込んだ位」
里に提出された婚姻届。
当然戸籍も書き加えられ、妻の欄にははっきりと『清』の名前。
それを書いた時、イルカの心境は至極複雑で、戸籍を汚すと表現する以外に無いと今でも思う。
「偽名ですけどね」
困ったように眉を下げ、イルカは呟く。


書き込まれた文字は確かにイルカ本人のものであるが、名前は違う。
かといって架空の人物かといえば否と答え、そして他人の物と言い切れる程、縁遠い人間の物でもない。
架空と言い切れないのは、書面上は確実に存在している人間だから。





2 - -

清。
それは高ランク時にのみ名が上がる、『策師』の名前。
誰もが知っている訳ではない。
高ランクで、なおかつ小隊を幾つか連ねなければならない大規模な任務において、指揮を執る立場の人間。
上忍でも一握り。
里においては、その中枢に携わる者以外、知っている存在は皆無であろう。
ただし、何にでも例外はあるのだ。
大規模ではない任務において名を目にする機会が、無きにしもあらず。
名はあれども、瞬時にそれを滅却しなければならない場所。
即ち、暗部。
火影直属の彼らは、少数精鋭で行動を起こす。
彼らの間でまことしやかに囁かれる噂。
『清』の献策ならば、生還が約束されていると。


だからカカシは元同僚達に恨まれた。
清を手に入れた事実を羨まれて。


「偽名というか、字でしょ?」
イルカの任務をある程度把握しているカカシが、その名を使えとはじめに言ったのだ。
カカシにとっては、酷く感慨深い名前だったから。
「元は…母の使っていた字なんですよ…俺はそれを継いだだけ」
「へぇ」
初めて聞く謂われに、カカシは興味深く相槌を打ちながら先を促す。
イルカにまつわる事ならば、全て興味の対象だと公言する男である。
清=イルカだと知った時、感慨深さが胸に広がったのを思い出す。
何度も命を救われた。
清の策が無ければ生還も怪しい任務が、何度もあった。
元々イルカ自身に惹かれて好意を持ち、いつしか好きだと思うようになった。
あまりにも素直に入り込んできた恋愛感情に、戸惑う間もなく熱烈にアタックをかけたのだ。
同性の恋愛が公では無いが認められる風潮のある忍里で、それでもイルカが好意を返してくれたのは奇跡だとカカシは目に見えない何かに感謝した。
好きになった人が、自分を好きだと言う。
そんな幸せな偶然は、奇跡と認定しても構わないだろう。
自他共に認めるメロメロ加減でイルカに傾倒し、周りが退く程に惚れ込んだ。
そんな相手の外見からは知れない能力に、驚きつつも驚喜した。
書面を通して垣間見える『清』の人となりが、好ましいものだと自覚していたのだから。
「アナタは小さな頃から高ランクの任務に出ていたから頻繁に目にしていたかもしれませんが…」
「うん、良く見かけましたよ。Aランク以上、小隊を3個以上引き連れる任務と…暗部限定で」
過去を思い出し、カカシは頷く。
腕の中のイルカを自分へと寄りかからせ、具合の良い位置に安定させながら。
「カカシさんが知ってる『清』…多分、途中で代替わりをしてるんです」
「へ?」
意外な事を言う恋人に、カカシは更に過去に携わった任務を掘り下げて思い出そうと試みる。
初めて名を目にしたのは何時だったか。
記憶が古すぎて曖昧だった。
多分、暗部に所属し始めた頃だろう。
それまで高ランクの任務はあれども、幼すぎる年齢故か大隊に駆り出される事も、ましてやその指揮を執るといった事も無かった筈。
「名前が同じなので気付く方はあまり居なかったと思いますが、途中3回、変化があった筈です」
「3回?」
3回という数字にカカシは首を傾げた。
イルカとイルカの母親。
そして代替わり。
ならば出てくる回数は2回の筈なのに、イルカは3回と明言する。
「はい。『清』が母本人だった時期、代替わりした時期、そして今、です」
腕の中、眉を下げながらも、代替わり時期と今を明確に分けるイルカの言葉。
表情からして、恐らく彼にとって言いたくない、もしくは何か引っかかるような事があったらしい、その境目。
「代替わりで内容が変わるのは判るけど、代替わり後も変化したってコトですか?」
その境目が気になり、カカシは正直に問いかける。
同じ人物なのに、何が違うのかと。
「………荒れてたんで、俺」
暫しイルカの視線が彷徨い表情が泣きそうなものになり、更に口篭もりながらの告白。
なるほどと、カカシは納得した。
「ああ、あの一件でご両親を亡くされたんでしたっけ」
「ええ…恨む気は無かったんですが、遣り切れ無さは有りました」
当時を思い出しているのか、イルカの視線が虚空を見つめ遠くを眺める。
自分の腕の中で回想に耽るイルカの様子に少し寂しくなり、カカシは抱き込んだ腕の力を心持ち強める。
過去に嫉妬する自分の狭量に呆れながらも。
「そう言えば、あの時期の戦略って…成功率は高くても結構犠牲が出てましたよね?」
脳裏に浮かぶのは殺伐とした光景。
決して与えられた戦略に穴があった訳では無い。
力が及ばなかった訳でも無い。
ただ、念頭に置かれた犠牲が多いというだけの話で。
加えて任務の依頼自体が、過酷なものが多かったと記憶している。
「覚えてますか、やっぱり」
吐き出す吐息がどこか苦いものを含んでいて、イルカは自分の当時を恥じていると知れた。
当時、十代前半の子供が建てた戦略として振り返るのならば、決して恥じるべき内容では無いのに。
「まぁ、『清』の建てた策にしては損失が多いな…位に、その後安定した…っと、それで3回ですか」
やっと思い当たった回数の不思議に当たり、カカシはイルカを見遣る。
カカシの視線に晒され、イルカも頷きならがら苦笑する。
「はい…どうにも未熟でして…情けないです…」
「情けないって…、アナタ、当時、12、3歳位じゃ無いですか!?」
「カカシさんだって当時暗部じゃないですか…」
「それはそうなんですけど」
「まあ、その辺の事は時代が悪かったという事で…で、そう言う訳で今に至るんです」
清の変化の背景。
そこにあった様々な葛藤や泣き言をすべて巧妙に言葉の紗で隠し、イルカは笑って話の終わりを宣言する。
笑っているイルカの顔。
腕の中に収まってくれている、この体。
少年時代の彼を、支える者は居たのだろうか。
居れば良いと思いながら、その仮定の存在に胸がピリピリと嫉妬で痛む。
「あの当時に…イルカ先生と出会いたかったです…」
ぽつりと呟いてしまったのは、言っても仕方がないと口に出さないようにしていた本心。
今のイルカを構成する環境全てが整う前に、彼の中に自分の居場所が欲しかった。
考えても詮のない事だと何度も繰り返したが、やはり蟠りは残ってしまう。
「馬鹿ですね…」
どんよりと沈みかけたカカシの耳に、不意に転がり込んだクスクスと小さな笑い声。
そして硬く無骨な腕が、カカシの背中に回る感触。
抱き締められ、温もりが密着した。
「俺は今、アナタの腕の中に居るんです。ね、過去は必要無いでしょう?」
柔らかな抱擁と、額への優しいキス。
背中に回っていた手が髪に触れ、方々に飛んでいるカカシの髪をワシワシとまさぐる。
感触は柔らかくは無いのに、どうしてこんなに安心できるんだろう。
思わずうっとりと浸りたくなる心地良さに、カカシはイルカへと寄りかかる。
先程迄とは逆の体勢だなと、可笑しく思いながら。
「過去は必要無いケドね、オレは今のイルカ先生も過去のアナタも全部欲しいよ」
「欲張り」
「何とでも」
頭を撫でる手を取り、チョークで荒れた指先に口付ける。
手を重ね、指を組み合わせて静かに押し倒せば、抵抗無くシーツの上に沈むイルカに幸せな気分を味わう。
「取りあえず、今のイルカ先生を堪能します」
口づけて羽織っていただけの着物を剥がせば、伸び上がって口づけを返される。
「着物、皺になります」
「また買ってあげますから」
「そう言う問題じゃなくて」
「御免、床に投げておくから後で畳んで」
バサリ、着物が宙を舞って床へと見事な花を咲かせる。
黒地に浮かぶ花々はまるで闇夜に咲いた幻影のようで、寝室を現実と切り離す光景にも見えた。
「…仕方の無い」
諦めが込められたイルカの呟きを合図に、カカシは嬉々として獲物の衣服を剥いていく。
その間手は休めずに、彼方此方に唇を落として赤い色を落としながら。
「んふふ〜、イルカ先生、大好きです」
「締まりの無い顔、止めなさいよ…俺も好きですよ、カカシさん」
声を落として囁き合って、会話はここまでとこれからの行為に没頭する準備を整える。
一方的にではなく、お互いに高め合い貪り合えば、知らず睦言は譫言めいた響きにすり替わる。
お互いの体温が触れる間は現実を横に置いておこうと、お互いがお互い思考の片隅で思っているのだから世話が無い。
この家を一歩出た現実の空間。
それは彼らを、否、イルカを中心に深刻な事態であったりするのだが。





3 - -

イルカが名を偽り、カカシの家に入る事になった発端は、随分と前に遡る。
ナルトを介してカカシと出会い、それから数ヶ月経った頃、気付けば恋人同志というものになっていた。
お互いの家を行き来していた時期を経てはいたが、カカシがイルカのアパートに転がり込むという構図が出来上がるのには、さして時間を要しはしなかった。
何しろお互いに忙しい。受け持つ任務の種類は180度違えど、二人共にそれぞれのエキスパートなのだから。
お互いに足りない時間を遣り繰りして疲弊する位ならと、イルカは自分の部屋にカカシの侵入を許した。
私物を置く事を黙認し、帰って来れば「お帰りなさい」と迎える生活。
カカシ的には、このままなし崩しに同棲をと目論んでいたのだが。

そんな日々の中、カカシは三代目火影に呼ばれて執務室に足を向ける。
そして開口一番告げられた内容に、顎が外れそうな程驚いた。
何の冗談かと。


「イルカを里外に出そうかと思う」


煙によって嗄れた声が、再度沈鬱な様子で告げる言葉に、ショックから立ち直ったカカシは目を眇めて声の主である里長を見る。
何故、今、そんな事を言うのかと訝しみの意味を込めて。
目の前の老人が、件のイルカを殊更目にかけているのをカカシは承知している。
だから、大事な愛娘を守るように、イルカにちょっかいをかけるカカシを排除しようと目論むのなら理解できる。
例えば里外任務、しかも高ランクで任期の長いものを拝命するというのであれば、納得はしないが気持ちは判る。
同性同士の関係に煩くは無い忍里とは言え、愛娘にも等しい(それはどうかと思う)イルカについた悪い虫、即ちカカシを里長は宜しく思っていないのは事実。
カカシ本人の階級や里における貢献度に関しては信頼している筈なのだが、幼い頃からイルカを見てきた老爺にとって、それとこれとは別問題なのだ。
「どうして彼が、今、なんです?」
カカシの問いかけは至極当然なものだったろう。
告げられた内容が冗談では無い事を、里長の苦い表情が物語る。
「ナルトがあやつの手を放れお前に委ねられた今、どうにも矛先がイルカに向いているらしくてな」
何の矛先が、とは聞かない。
それは判り過ぎているから。
九尾への恐怖。強大な力への畏怖。
器に向けられた狂気は捻じ曲げられて、器自体に手出しが出来ない鬱憤を孕んで擁護者へと牙を剥く。
里長が引いた掟がそうさせた。
だから里長たる老爺は悩むのだ。
「まさかとは思いますが…オレに手出し出来ないからって、イルカ先生を、ですか?」
カカシのその問いかけに対する答えは沈黙。
落ちた重苦しい沈黙と、部屋の中を漂う増えた煙が肯定の意味を成していた。
「世の中、馬鹿ばっかりですね」
呆れて溜息しか出ない。
こんな里の為に身を張っているのかと思うと、情けない。
「言うな…今の所は勘違いした一部の愚か者だけじゃ」
「一部でも存在する事自体、許せないですね」
取りなす里長の言葉を一蹴し、カカシは吐き捨てる。
腹の奥、底辺の辺りからふつふつと沸き上がってくる感情は、怒りだろうか。
顔の中で唯一露出している右目を眇め、カカシは里長を睨め付ける。
不遜だと理解しても、非難せざる状況を派生させたのは、紛れもなく目の前の老爺の失態なのだから。
「ナルトに対して恐れならばともかく、嫌悪の感情を持つ事が許せないのは当たり前だけどね、何よりも」
途中、言葉を句切りカカシは真っ直ぐに里長を見つめる。
そして続く言葉を宣戦布告のように告げた。
「イルカ先生を標的に据える根性が何よりも許せない」
言い切る言葉は確かな意思の表れとなり、部屋の中に漂ってゆっくりと消える。
告げた声音の、眇めた瞳のあまりの怜悧さに、部屋の温度が急激に下がったような気分になる。
カカシの体から迸る重厚な殺気も、その気分を増長させた。
「お主はそう言うがな…カカシよ、どうにも九尾がらみだけでは無いらしい」
「どういう事です?」
「…お主がイルカに目を掛ける、それを厭う輩も居るらしい」
「…ッ! 馬鹿しか居ないんですか、この里は?」
目の前の里長には本来の関係を知られてはいるが、里の中、カカシに近しい存在以外は知らぬ深い関係。
仲の良い友人か上司と部下。そのように今まで努めてきた。
余計な注目を浴びぬようにと、お互いに話し合って作った外向きの仲。
体すら重ねた関係でそれは酷く難しい事ではあったが、公私をハッキリと分けるイルカの存在で知られる事すら無かった筈である。
寂しい事実ではあるのだが。
それでもなお、イルカが悪く言われる。
やっかみだろうと推測できるその悪意に、それを寄せる人間の狭量さが垣間見えてひどく気分が悪くなる。
「行動を起こす者は少ないが…イルカが標的になっているのは確かなようじゃ」
「行動を起こしている人間が居るって事ですよね…でも、それでイルカ先生を外へ出すってのは理解出来ないんですけど?」
当初の発言に行き着き、カカシは老爺を睨め付ける。
最愛の人物を手元から離してなるものかと。
「儂やお前が何かをすれば、イルカの負担が更に増えるのは目に見えておる。ならば一端外に出して頃合いを計って戻した方が無難じゃて」
「ほとぼりが収まるまで、って事ですか」
「有り体に言えばの…しかし、それにも問題があってな」
「問題?」
「出先まで追いかけて事を起こそうとする愚か者も居るじゃろうし…付き合いの古い大名にあやつを預けても良いのじゃが、いかんせん返してくれなくては困る」
「それは…」
「事実、以前から何件か打診はされているしの」
「…」
「殺気を向けるでないわ、戯け。心配せんでも余所にくれてやったりはせん」

「かと言って命令系統の届かぬ僻地に送る訳にもしかんし」
「届かないと、何か拙い事でも?」
「当たり前じゃろう、里内の様子がわからんと、献策もできん」
「………献策?」
「………何じゃ、知らんのか」
「明後日の方向見てもダメですよ、吐いて下さい」
「お前、儂を何だと思ってるんじゃ…イルカに知らされていないと言うことは、信用されてないんじゃな、お前」
「なッ!」
「イルカが話さん以上、儂からは言えんな」


---------------------------------------------------------
・・・と、ここまで考えて煮詰まって放置。

【無題】 ... #12

一度心の垣根を越えてしまったら、もう拒めなかった。
どこまでも深く許してしまう。
際限無く受け入れてしまう。

そこから失う辛さを、嫌という程判っているのに。

【無題。】 ... #13

男を相手にするのは初めてだと、カカシは言った。
それに酷く安堵した自分を、イルカに自嘲するしかない。
馬鹿げた考えだというのは判っている。
でも、それまでの恋人と比べられるという屈辱が存在しない事実に、確かに安堵したのだ。
まろみの無い硬い男の体。
受け入れる場所も、本来の性器では無く排泄の場所で。
後ろめたさは付きまとうが、カカシが触れる最初の男が、自分である事が嬉しいと思った。
願わくば、最後の男…否、最後の恋人となりたい。
カカシに抱き締められる、最後の存在になりたいと思った。

女は最初の男に重きを置き、男は女の最後の男になる事を望むと聞く。
ならば、自分の思考は男なのだろうと、男に組み敷かれ、雄に貫かれながらも、まだ男であるのだと、イルカは暗く嗤った。

【先天性女子イルカ。】 ... #14

「…なんて体してんのよ、アンタ」

ほんの少しだけ垣間見えたイルカの体に、思わず呟いてしまう。
女性特有の肌理の細かい柔らかな肌質に、しっかりとした薄い筋肉。
そしてカカシが絶句したのは、体中、それこそ縦横無尽に刻まれた大小様々な傷痕だった。
斬り付けられたと判るもの、抉られたのだと推測できるもの、肌が炎で覆われたのだろうと思われるものと、それらは様々で、そして酷く痛々しかった。
年頃の女にしては、ささやかと言える胸。
未発達にも見えるそれは、幼さを増長させ、イルカを小さな少女のように印象づける。
着衣の状態では知り得なかった、隠された部分。
思わず手を伸ばし、抱き込んで庇護したくなるような危うさが、そこにはあったのだ。
それまでカカシはイルカを女として認識して来なかった。
唐突に、意図とせず見てしまった裸体に、その事実を突き付けられた。
どうして彼女を、『女』として見なかたのだろうか、自分は。
幼いイルカの体を引き裂き、未開発の処女地を暴いたのは、確かに自分であるのに。
恐怖で引き攣った顔を今でも覚えている。
それでも消えなかった目の力に引かれたのを覚えている。

なのに、どうして。

十年という長い年月を経て、薄れた記憶の女との再会。
笑って挨拶した彼女は、あの時と殆ど変わらない印象を持ちながらも、別人のようだった。
危うい部分が存在しない。
否、危うい部分を押し込め、背筋を伸ばして凛と立ち、潔く、清廉だった。
まるで、変化を汚れとして厭う少年のように。
だからだろうか、カカシはイルカを恋愛の対象として範疇に置かなかった。
最初から、彼女を『男友達』のように扱った。
それをどうしてだか考えずに今まで来て、唐突に突き付けられた現実。

彼女は、女としての自我を押し込めて生きているのだと。

丁度、少女から娘へと変化する羽化の時期、カカシに捕まった。
年齢にしては未発達な器官だったかもしれないと、今更ながらに思い出すが、それでもそこを無理矢理に蹂躙したのは紛れもないカカシ本人で。
どうやら彼女はそこから、女としての成長を止めてしまったらしいのだ。

まろみの無い硬い体の線。
若い果実のようにささやかな乳房。
無頓着に傷つけられた肌。
女としての自覚が希薄だからあけすけで。

魅力の欠片すら存在しない体に、それでも湧いたのは独占欲だった。
初めて彼女を組み敷いたのは自分。
彼女が『女』を拒んだのは、カカシのせいだと。
奇妙な優越感が体を突き抜けた。

【無題。】 ... #15

「オレの前に、何人と寝たのよ?」
「さぁ…何人でしょうね」



「初めてだって言っても、信じねぇな、アレは…」

イルカは小さく呟き、重い溜息を零す。
正直、あんなに乱れるとは思いもしなかった。
正真正銘、自分は初めて受け入れる側になったというのに。
相性が良いで済まされない位に、酷く感じて、乱れた。悶えた。
後腔で感じる快感は、深く、そして長い。
初めて知ったその感覚を思い出せば、今でも体の奥が熱くなり、鳥肌が立つ。
その感覚に知らず零れた艶めいた溜息に、イルカは自己嫌悪する。
感覚を踏襲して次を期待する自分が、酷く浅ましく淫らな存在に思えて。
だけど、とも思うのだ。
確かに自分は初めてだった。
ただカカシへの好意で開いた体。
男としての矜恃と本能を理性でねじ伏せ、震える指先で彼の背中に縋ったのに。
知らない感覚に悶える自分を見下ろし、放たれた言葉は確実にイルカの心に傷を残した。


カカシの前に何人の男を咥え込んでいたのかと問われた。
勝手に跳ねる体、戦慄く肌に、カカシがイルカの過去を訝しんだのだ。
きっと初物に拘る人間では無いと思う。
例え、カカシの前に男が居たとしても、イルカが初めてじゃあなくても、ほんの少し残念に思うだけで、そこに変なこだわりは見せはしないだとう。
だけど、イルカは傷ついた。
震える指を叱咤して縋り付いたのに、強ばる膝を無理に押し広げ、カカシの前に全てを晒したのに。
それら全てを否定された気持ちになってしまった。

【無題。】 ... #16

眼下に広がる灯火を眺め、イルカは思う。
火影岩から見下ろす町の灯り、その中にカカシが居るという事が嬉しい。
任務が無かったのは知っている。
深夜とも言える時間だ、灯りを消して既に眠っているかもしれない。
もしかしたら、華やぐ花街のどこかで、柔らかな腕に包まれているのかもしれない。
浮かんだその光景に、イルカは少し悲しみを覚え泣きそうな顔で唇を歪めた。
だって自嘲するしか無いだろう。
彼を抱き締め、慰める腕が自分のものでは無い事が悲しいなど。
寂しくて、悔しいなど。
それでも願い、想う事は諦められないのだ。

「どうか…アナタを想う事だけは、アナタを好きでいる事だけは許してください…」

呟き、瞬いた瞬間、イルカの頬に一筋、涙が伝った。

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・・・これ、何のネタだったか忘れた…携帯メモの切れっ端。

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恥ずかしい位古いものまで引っ張り出してみた。
ネタだけは山ほど降ってきた時期。