その舌を受け入れた時、もう駄目だと観念した。
口寂しいと思ってしまう。
知らず唇に指先を宛てて、口づけの感触を思い出して赤面した。
何をやっているんだろう、自分は。
たかが一度、キスをされただけで。
有頂天になりそうな自分を叱咤し、あれは先方の気の迷いだったと事実を否定する。
気の迷いどころか、アチラが覚えているのかも怪しいが。
「酔っぱらいなんか嫌いだ」
呟いた言葉は、紛れもなく負け惜しみと八つ当たり。
そうでもしなければ、やってられない。
キスひとつで、浮かれたり落ち込んだり。
あの感触を思い出して気持ちが上下する度に、思い知ってしまう。
浮かれたり落ち込んだりするのは、相手を意識しているのだと。
今更の事であるが、イルカはザルだ。
ザルというよりも、ワクと表現した方が正しいかもしれない。
こと日本酒に関しては異様な程の強さを誇り、それだけ飲んでも微酔いが持続したままで、二日酔いなど縁遠かったりするのだ。
当然次の日にも残らず、一般的に深酒といわれる量を過ごしても定時に起床し、朝から丼飯を食らう勢いで元気が良かった。
だが、その事実をしらない人間達は、誤解をする。
たった1合の酒でほんのりと顔を赤くし、気分良く饒舌なイルカの姿を見て酒に弱いと思うらしい。
面倒なので訂正はしないが。
イルカの酔い方は、どうも周りをハイペースに巻き込んでしまう性質があるらしく、酒を酌み交わしていた相手が気付いたら潰れているという事は、実際茶飯事だったりするのだ。
酒に弱いと思っていたイルカのペースに合わせて相手も呑んでしまい、撃沈。
故にイルカも初めて席を共にする人間が相手の時や、宴席などではペース配分に気を遣ったりもしていた。
だがあの日は、カカシと久し振りに呑めるのが嬉しくて、会話するのが楽しくて、つい本来のペースで杯を重ねた。
途中、気遣うようなカカシの制止もあったような気がするが、微酔い状態ではあるが結局まともに受け答えするイルカのしっかりした言動に安心し、カカシ自身も更に杯を重ねた。
カカシの身上を優先して小上がりで呑んでいたのも要因のひとつだろう。
客席側とは障子、隣の卓とは厚い木製の衝立。
密閉では無いが、軽く閉鎖的な空間。
だから、カカシはあんな事を言ったんだと、今なら判る。
あれは紛れもない、酔っぱらいの発言だ。
「イルカ先生〜、キスしても良いですか〜?」
間延びした口調で唐突に言われた内容が把握出来ず、イルカはきょとんとカカシを見返す。
ほんのり赤味が指したカカシの眦に色気を覚えつつも、言われた内容を脳内で反芻した。
「へ…?」
間抜けな声を出して確認の為に再度カカシの顔を見れば、いつの間にかその端正な顔がやたらと間近にまで迫っていた。
卓を挟んで乗り出され、吐息がかかる距離まで詰められて、途端焦る。
ワタワタと無様に足掻こうとも、イルカの背後は漆喰の壁。
行儀の悪いことに、とうとうカカシは座卓に膝を乗り上げてイルカへと両腕を差し出す始末。
卓上に置かれた皿や空の銚子を巧みに避けているあたりが、無駄に上忍と思いながらも、迫る手からは逃れられない。
その手で頭を包まれて引き寄せられたと思った瞬間、唇が重なっていた。
「…っ」
意外に柔らかな感触が押し付けられ、下唇をベロリと舐められる。
唇を往復するように、カカシの舌が何度か濡れた感触を与えて来るが、イルカは呆然としたままその意図を汲み取れなかった。
そしてそんなイルカに気付いたカカシが、僅かに唇を話して小さく笑った。
「ね、口、…開いて…?」
酔いの混じる掠れた低い声が、イルカを唆す誘いを奏でる。
音が耳に転がり、その意味を把握する前にイルカはうっすらと唇をひらいてしまう。
まるで操られるように。
再度重なる唇は、啄みを一つ与えた後、噛みつくように攫われた。
躊躇い無く口内に侵入する滑る感触に我に返り、イルカが身を退こうと試みるが後の祭りだった。
「っ、ふ…」
息継ぎすら侭ならない勢いで、カカシの舌が口内を蹂躙する。
イルカの舌を食い上げて絡め、甘噛みし、好き放題に嬲るのだ。
「…ぅ、っぷ、ちょ…まっ…ふ、ぅ…」
気紛れのように偶に唇が離れて息継ぎを促され、吸い込めばまた重なる。
その度に、背筋に言い様の無い震えが走るのが否めなかった。
同時に、その仕草にカカシの過去の片鱗が見え、悲しくなる。
そして悲しいという感情を抱く自分が、嫌になった。
ずっと否定し続けたのに。
それこそ必死になって芽生える感情を間引きして、勘違いだと自分に言い聞かせて。
だけど、もう駄目だと思った。
生温かく滑る舌。
それがカカシのものであるというだけで、こんなにも気持ちが良い。
どうしよう。そう思う程。
好き、という感情が溢れ出た。
混乱した思考は落ち着き、酔わないイルカはカカシの舌の感触を追う。
頬に触れる手甲の皮が少し痛いと思いつつ、差し込まれた舌を小さく吸った。
その行為が切っ掛けになったのか、カカシは更にイルカの口内へと舌を差し出して先を促す。
「んんっ…」
時折息継ぎを交えながらも、イルカは先程のカカシの動きを反芻して必死に舌を蠢かせる。
絡めて、吸って、甘噛みして。
角度を変えて、首を傾け、揶揄うように唇を舐めてまた吸い付く。
障子と衝立が作る小さな密室に、淫靡な水音が響いた。
周りが騒がしいのは有り難いことなのか、誰も二人を咎めたりしないし、更には注目したりもしない。
不意に、隣の喧噪が大きく響いた瞬間、カカシの動きが大胆になった。
一端唇を離して立ち上がり、座卓を迂回してイルカの隣へと腰を下ろす。
「も一回、しましょ?」
覗き込むように見つめる色違いの双眸は、トロリと酔いに染まって酷く色が滲んでいる。
畳に手を付き、下から見上げる可愛らしい仕草でカカシは誘う。
「カカシ先生…酔ってますね…?」
「ん〜、ふわふわして気持ち良いけど、どうでしょう?」
酔っ払いに確認したら大概皆同じ応えを返すのだ。
だが、カカシは酔い自体に縁が薄いらしく、問いかけたイルカに問いかけを返す始末。
恐らく、ここまで酒気が回るのは、彼にとって至極珍しい事なのだろう。
どうも今まで潰れた自分の同僚達と同様に、カカシも知らずイルカのペースに巻き込まれ、酒量の上限を見誤ったらしい。
イルカはそう結論付け、カカシの様子に溜息を吐いた。
「酔ってますよ、完全に…今日はお開きにしましょうか」
「駄目…キスしてから」
「何、馬鹿な…ッ!?」
言葉の半分以上をカカシの唇に飲み込まれ、イルカは息を飲み目を見開く。
再び重なった唇の感触に、どこか諦めじみた感情を噛みしめた。
だからかもしれない。
酔っぱらい相手に抵抗しても興醒めなだけだろう。
ならば、流されてこの唇を味わうのも良いかもしれないと。
せめてカカシの唇を味わって、気付いたばかりの想いに蓋をしようと、思考の片隅で考えた。
重なる唇の合間から、舌先がイルカの閉じた唇を舐める感触。
舌を招き入れる事を促す仕草に目眩を覚えつつ、しっとりと重なった薄い唇の感触に負け、イルカはそっと瞼を閉じて、薄く自分唇を開いた。
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無駄に続きます〜。
酔っ払いカカシ。
3話も続ける話じゃない…(汗)
内容的には長話じゃないです。